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≪66≫
父は人を幸せにした。
でも、当の本人はどうなったのだろう。
不安と絶望で、陶子は涙ぐみそうになった。
「ほんとにありがとう……私たち、父は家出したと信じてたから、ずっと心のどこかで恨んでいたの。 でも、あなたたちの話を聞くと、そう思えなくなってきた」
次の言葉を発するのは、焼けるほど苦しかった。 だが、陶子は勇気を振り絞って、ようやく口に出した。
「父に、何か起きたんだわ。 たぶん、十五年前、姿を消した直後に」
電話の向こうは、沈黙した。
代わりに牧田が、火を吐くような勢いで低く叫んだ。
「やっぱりそう思う? そう考えるのが恐ろしくて、ずっと押しつぶしてたんだ」
牧田は電話を耳に当て、あわただしく紫吹に訊いた。
「これからそっち行っていいか? みんなで話し合おう」
「いいよ」
紫吹のかすかな返事が聞こえた。
牧田は電話をポケットにねじこんで陶子に向き直り、小声で尋ねた。
「一緒に行ってくれる?」
陶子はうなずき、眼を閉じてうなだれた。
「父は、健康食品の会社をやってたから、ペルーのマカを使った新製品を作ったの。 試験販売の結果が上々で、本格的に工場を作ろうとペルーに行ったのよ。 でも、山岳地帯へ視察に出たっきり、帰ってこなかったの」
「一人で視察に行ったって?」
コーヒーの入ったマグを並べながら、紫吹が咳き込むように尋ねた。
「ちがう。 部下の人とホテルに泊まったんだけど、夕方に電話があって、呼び出されたの。 知り合いが来たから会ってくるって言い残して出かけたんだって。
とても嬉しそうだったらしいわ」
「で、それっきり?」
紫吹の問いに、陶子の唇がわなわなと震えた。
「翌日に、父の口座からカードで大金が引き出されたの。 銀行は、確かに父本人だったと証言したわ。 でも……」
「そっくりの奴だったかもしれない」
「ええ」
牧田の目が暗く光った。
「たぶんそいつは、あの殺された奴だな」
「その可能性が大きいわね」
「あいつがお父さんを呼び出したとすると……もしかしたら、お父さんの親戚じゃないか?」
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