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≪65≫
遠くでクラクションが鳴るのが聞こえ、陶子は物思いから我に返った。
「紫吹さんを放っといちゃいけないわね。 私が急に押しかけたから、きっと心配してるわ」
「そうだ、さっきは電話の途中だった」
携帯を出しながら、牧田は陶子を車へ導いた。
「中へ入ろう。 外は寒いから」
車に落ち着くと、牧田はすぐ紫吹に電話を入れた。 彼女が言うには、気になって陶子の後を尾けていったら、牧田が男二人に囲まれているのが見えて、怖くなってアパートに逃げ帰ったということだった。
「薄情だな、おまえ」
「だって、殺人がからんでるんだよ。 コータが捕まったら、私が助けなきゃいけないじゃない」
「なんで俺が捕まるんだ。 あいかわらず論理が飛躍してるよ」
そう言い返しながら、牧田は陶子に渋面を作ってみせ、受話器を押さえて紫吹の答えを説明した。
「質問されてるところを、あの角から覗いてたらしい」
「今もあそこに?」
振り返って探す陶子に、牧田は急いで言い添えた。
「いや、もうアパートへ帰ったって」
それでも振り向いたまま、陶子は尋ねた。
「紫吹さん、ほんとは何をしてる人?」
「大学生」
牧田は淡々と答えた。
「あれで成績はけっこういいんだ。 高専から工科大学に編入したところでさ、将来のロケット技師めざしてるんだと」
「わあ、かっこいい」
陶子は胸が温もるのを覚えた。 父の援助は、優秀な若者を二人も育てたのだ。
牧田は苦笑して、また電話を耳に当てた。
「これまでのこと、陶子さんに話したから。 もう素に戻っていいよ。 うん、うん、大丈夫だった。 わかってくれた」
それから牧田は顔を上げた。
「じかに話したいって。 いい?」
陶子は頷き、携帯を受け取った。
すぐに細い声が聞こえてきた。
「ヘンな子だと思ったでしょう? ごめんね」
「ううん」
口を開いたとたん、陶子は胸元にせりあがってきた感動で、喉が詰まった。
「ほんとにありがとう。 こんなに寒い年末に、夜中まで私の家を見張っていてくれたのね。 それで、私が逃げ出したらすぐ部屋に連れてってくれた。 あなたの親切、一生忘れないわ」
「親切じゃない。 やって当然のことをしただけよ」
紫吹の声が、いっそう細くなって震えた。
「藤沢のお父さんがいなかったら、私たち孤児のまま、どうなってたか。 考えると夜も眠れなくなる。 今が幸せなだけに。
だから、陶子さんにも幸せになってほしい。 じかに会って、いい人だってわかったから、よけいそう思う」
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