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表紙

透明な絵 ≪61≫


 まるで手品のように、牧田の鞄から出てきた一輪の赤いバラ。 あれには本当に仕掛けがあったのだ。
 陶子が、初めて牧田と出会った日の状況を思い出している内に、男たちの会話は進んでいた。
「ホテルで客室係の女の人に頼んで、あいつの取った部屋に飾ってもらおうかと思ってたんですが、その前に藤沢さんと知り合いになれたんで、プレゼントしたんです。 あいつがどうやって藤沢さんを騙そうとするか、聞きたいと思って。
 そうしたら、あいつが自分でそのバラを部屋へ持っていってくれて、予想以上にうまく行きました」
 ケン黒川は、淡い苦笑を浮かべて、牧田の表情を探った。
「さっき職業をカメラマンと言ってましたが、本業ですか? それとも、プライヴェイト・ディテクディヴ?」
 私立探偵かと問われて、牧田は顔を赤らめた。
「違います。 探偵ならもっとうまくやるんじゃないですか? 僕は藤沢さんを守りたかっただけです。 あいつが偽者だと知ってたから」
「そのようですね」
 黒川はポケットから折り畳んだコピーを出した。
「この写真をペルー警察に送って、犯罪歴を調べてくれと依頼したのは、あなたでしょう?」
「はい」
 牧田はきっぱりと答えた。
「なるほど。 わかりました」
 黒川は真面目な顔に戻り、前の二人に会釈した。
「ご協力ありがとうございました」


 捜査官たちが何事か話し合いながら去っていくのを、陶子は無言で見ていた。 すると、二人は道の角にある小さな駐車場に入り、グレーのセダンに乗って出てきた。
 片手でステアリングを回しながら、黒川がもう片方の手で胸ポケットからサングラスを取り出して、無造作にかけるのが目に入った。
 陶子は思わず身を乗り出した。 初冬の東京で、グラサンをかける人間が何人いるだろう。 彼は、あの男性だ。 初めて父の偽者が電話をかけてきた日、家の近くに車を止めて、中から見ていた、あのサングラス男だったんだ。


「あの人たち、南米から来たなら、日本は寒いでしょうね」
 なんとなく、そんな言葉が口をついて出た。 そのとき、牧田が不意に陶子の腕を取った。
 怖いほど真剣な眼差しが、陶子を見つめた。
「紫吹と電話してるところに、突然現れたんだ」
 呼び捨てだ。 やはり妹だった、と陶子は思った。
「そう」
 陶子は穏やかに応じた。
「それで? 妹さんは何て?」
「ほとんど話せなかった。 彼たちが来たから」
 早口で言った後、牧田は口を挟む時間を与えず、いっそう素早く続けた。
「妹だと隠してたわけじゃなかったんだ。 あいつがアドリブ利かなくて、寄付集めとか未来がわかるとか、わけわかんないことを口走っちゃったから、妙なことになっただけで」












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