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表紙

透明な絵 ≪57≫


 じれったそうに、落ちてきた前髪をかき上げると、紫吹は早口で続けた。
「だってね、急に知らない人間が訪ねてきて、あなたのお父さんは偽者ですよ、とか、きっとあなたの命狙ってますよーなんて言って、信じる人いると思う?」


 確かに、いないだろう。 偽者は、顔がそっくりだし、れっきとしたパスポートを持っていたのだから。
 陶子自身でさえ、疑った自分のほうが変な目で見られるのではないかと心配したぐらいだ。 警察で、被害者が整形手術していたと聞かされるまでは。
 陶子は、ぎゅっと目をつぶってから、再び開いた。
「どうして、偽者だとわかったの?」
「話すと長いんだ」
 ぼそっと紫吹は答えた。
「ただ、私たちもずっと藤沢さんを、藤沢悠輔さんを探してたの。 で、やっと見つけて喜んだら、全然別人で」
「いつ見つけたの?」
「六月。 今年の。 パスポートが更新されたっていう情報を聞いて、会いに行ったの」
「ペルーへ?」
「そう。 面会申し込んでも断られて、道で待機してたら、出てきてすれ違ったんだって。 すぐそばを通ったのに、まるっきり知らん顔で、表情も違うし、あれはお父……藤沢さんじゃないって」


 目がうるみそうになって、陶子は激しく瞼をしばたたいた。
 紫吹の話し方だと、会いに行ったのは牧田のようだ。 お父さん、と言いかけたわね、と陶子は思ったが、口には出さなかった。


「それで、調べ始めたの。 あいつの正体はわからなかったけど、うまく藤沢さんになりすましていたわ。 そのうち、何度か日本に行くようになって」
「え?」
 陶子は耳を疑った。 偽者は、陶子の家へ『戻ってくる』前に、日本の土を踏んでいたのか?
「今度来たのが、初めてじゃなかったの?」
「違う。 少なくとも二度はこっちへ来てる。 一度は尾行したんだけど、途中で見失ったの。 本職の探偵や刑事じゃないから、尾けるのは難しいわ」
 それでわかった。 パスポートを詳しく見せたくない様子だった理由が。 渡航歴を知られたくなかったのだろう。
「あいつの農場はうまく行ってなくて、借金だらけだった。 だから、お宅へ連絡取ったとわかった時、お金のためだとすぐ思った。 残ってる藤沢さんの家族は、若いあなただけ。 あなたをなんとかすれば、あいつは遺産を独り占めにできるはずだった」








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