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表紙

透明な絵 ≪56≫


 陶子は迷い始めた。
 牧田と紫吹は、これまで陶子の害になることはまったくしていない。 それどころか、どちらも家に泊めてくれ、庇ってくれた。
 だが、二人のうち、少なくとも紫吹は、何かが起こるのを知っていた。 家の裏口で、彼女が不吉な予言をしたことを、陶子はすぐに思い出した。
 あれは、警告だったんだ。


――あなたは、何を知ってるの?――
 陶子は改めて、目を伏せて考え込んでいる紫吹の横顔に視線を向けた。 この気まずい空気の中で、何ができるだろう。 これから、どうしたらいいのか。
 聞き正しても、紫吹が本音を言うとは限らない。 もし、殺人事件に関係しているなら、なおさらだ。
 陶子は決心を固め、できるだけ平静な声を出した。
「紫吹ちゃんは、ずっと親切にしてくれたわ。 ありがたいと思ってるし、あなたを信じたい。
 だから一つだけ答えてくれる?」
「なに?」
 紫吹の肩が緊張した。 顔がまっすぐ陶子に向けられた。
 陶子は腹に力を入れ、真剣に尋ねた。
「うちへ募金集めに来たとき、闇が迫ってきてると言ったわね」
 大きな眼を陶子に据えたまま、紫吹は頷いた。
「あれは、私に警告を出してくれたんでしょう? どういう意味の?」
 紫吹は、率直な視線を外さないまま、噛みしめるように答えた。
「心配だったの。 あなたが殺されるんじゃないかと」


 口の中が乾いた。
 だが、驚きはなかった。 やはりそうだったのか、という確認が取れた気がした。
 二人は、真剣に陶子の命を守ろうとしていた。 思い返せばあちこちでボロを出していたが、不器用なやり方ながら、懸命に助けようとしてくれたのだ。
 二人とも、目がきれいだ。 澄み切っている。 こういう人たちに悪い意図はないはずだ。
 直感を信じよう、と、陶子はそのとき、はっきりと決めた。 最後に頼りになるのは、自分の決断だ。 それで間違ったら、人を見る目のない自分が悪いのだ。
 陶子は、冷たくなった指先を握り合わせると、小声で言った。
「あなた達は、父が偽者だと知ってた。
 ううん、いいのよ、答えなくて。 私に直接言えない理由があったんだと思う」
 陶子よりもっと細い声で、紫吹が囁いた。
「言っても、わかってもらえないと思ったのよ」









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