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≪53≫
写真の入った封筒を持つ指が、みるみる冷えていく。 つい数秒前まで、あんなに熱かったのに。
これをポストに入れたのは、誰なんだ……。
周囲を悪意の壁に囲まれた気がした。
信用できる者が、全然いない。 会社の人たちが、実は陶子を煙〔けむ〕たがっていることは、前から気付いていた。 創業者の孫で前社長の娘で大株主で、今は形式上の社長。 大部分の案件は重役会の採決で決まるとはいえ、学校を出たての小娘が代表の座に坐っているのが面白くない人間は多いだろう。
現に、陶子の携帯には会社からの連絡がまったく入らないのだ。 少なくとも三人は番号を、二人はメールアドレスを知っているはずなのに。
横を向いて牧田の顔を見つめたくなる衝動を懸命に押さえて、陶子は首を動かさずに声を出した。
「あの、私を拾ってくれたバス停に寄ってもらえる?」
驚いた様子で、牧田が振り向いた。
「え? なんで?」
「泊まってた人のところに、忘れ物してたみたいで」
「ああ、取りに行くってこと」
「そう。 すみません、今気が付いたの」
「いいよ、大して時間かからないから」
明るく言うと、牧田はカーナビを動かして方向を決めた。
布田南の停留所に着くと、陶子はすぐに車を降りた。 怪しまれるから、取って来た身の回り品は持っていけない。 車の中に残したまま、すぐ戻ると言い残して、脇道に急ぎ足で入った。
夜と昼では景色が違う。 迷うかと思ったが、記憶をたどって何とかアパートに到着した。
階段を上るとき、不安で足が何度も引っかかりそうになった。 紫吹は部屋にいてくれるだろうか。
彼女が、今の陶子にとって、最後の頼みだった。
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