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表紙

透明な絵 ≪52≫

 陶子の目は、少年の顔に釘付けになった。
 男の子は大人になる過程で、女子より顔立ちが変わりやすい。 だが、このすらりとした脚の長い少年は、明らかにある人物を連想させた。 それは、今このとき、隣で黙々と車を運転している青年だった。


 驚きと衝撃が大きすぎて、陶子は何の反応も起こさなかった。
 ただ、麻痺したようにしばらく写真に見入っていた。


 やがて徐々に、頭が働き出した。
 と同時に、嵐のように巻き起こってきた疑問の山に押しつぶされた。
――牧田さんが……お父さんの子?
 私より年上だから、結婚前にできた子なの? じゃ、母親は牧田という苗字で、正式な奥さんじゃなかったということ?――
 息子として認知はしたのだろうか。 なぜ、成人するまで一度も連絡をしてこなかったのか。


 悩んでいるうちに、目の焦点が合わなくなってきた。 陶子は慌てて、強く握り締めた写真のコピーに視線を戻した。
 ぼくたちの大切なお父さん……
 ぼくたち、という単語が、黒々と迫ってきた。
 そういえば、牧田は妹の話をしていた。 間もなく誕生日だと言っていた。
――うわー、私にはきょうだいが二人もいたの?――
 もう、何がなんだかわからなくなった。


「おとなしいね」
 右へ大きくカーブを切りながら、牧田が話しかけてきた。 これまでまったく陶子のほうを向かなかったので、写真に気付いていないはずだが、それでも陶子は反射的に元の封筒の中へギュッと押し込んだ。
 指先に血液が集まり、焼けるほど熱く感じられた。
 牧田は、計画的に陶子に近づいたのだ。 駅で初めて顔を合わせたとき、彼は人なつっこく微笑みかけてきた。 知り合いになるきっかけを掴もうとしていたにちがいない。
 彼の微笑は、用心深い陶子の心の壁を溶かした。 あれはもしかして、見えない血のつながりを感じ取ったためだったのだろうか。


 陶子は座席の背もたれに頭をつけ、目を閉じた。 鼓動が押しつぶされたように小さくなるのがわかった。 気持ちが落ち込んできたのだ。
「あのね」
「なに?」
「妹さんがいるって言ってたでしょう?」
「ああ、いるよ」
「牧田さんに似てる?」
「いや」
 牧田は、すぐに答えた。
「全然似てないって言われるよ。 前一緒に街を歩いてたら、恋人と間違われた」
 恋人か。
 不意に、陶子の心臓がねじれた。
 彼をどれほど好きになっていたか、突然残酷に思い知らされて。







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