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≪50≫
頭がごちゃごちゃになった陶子の腕に、牧田はそっと手を置いて慰めた。
「余計なこと言ったな。 きっと警察には何か考えがあるんだよ。 気にしないで」
陶子が小さく頷くと、牧田はほっとしたように手を離し、廊下を回っていった。
一つ深呼吸をしてから、陶子は寝室ドアのノブを回した。
手ごたえがない。 ぞっと鳥肌が立った。
もう一度強くねじると、鈍い音がしてラッチが引っ込み、ドアが開いた。 鍵穴を覗いてみたところ、無残に歪んでいて、誰かが乱暴にこじ開けた跡があった。
おそるおそる入った部屋は、陶子が月曜日の夜に逃げ出したときのままに見えた。 警察が調べたはずだが、ざっと見回したところ、触れられた様子はない。 ベッドにゆっくり腰を下ろしてから、陶子は両手で顔を押さえた。
こじ開けたのは、偽の『父』だろうか。 それとも、彼を殺した犯人?
全身が強ばっていたが、いつまでもぐずぐずしてはいられない。 陶子は足を引きずるようにして、大きめのバッグをクローゼットから探し出した。
当座の着替えを詰める合間に、陶子は何度かポケットに触れ、携帯電話を取り出そうとしては、手を止めた。
昨日から、まったく会社に連絡を取っていない。 直接の上司の小野か、または常務の佐々川に現状を話すべきだとわかっていたが、どうにも気が進まなかった。 彼らはきっと、詳しい話を聞こうとするだろう。 牧田や、特に紫吹のことを、どう説明していいものか。
陶子が出頭したことは、もう外部に知られているはずだ。 そのうちニュースに出るだろうし、もしかすると警察が会社関係者に話しているかもしれない。 良いほうに解釈して、陶子は結局、また電話を使わなかった。
バッグに入れ終わった後、陶子は部屋を巡り、引出しや棚を点検して、忘れ物はないか確認した。
そのとき、机の上に置いた手紙の束に目が行った。 重要なものがあるかもしれないから、これも持っていって、ゆっくり調べよう。 そう思い、まとめてバッグの外ポケットに押し込んだ。
ずっしりとしたバッグを肩に下げて、ドアを開けると、廊下の端の窓際に立って外を見ていた牧田が振り返った。
「終わった?」
「はい。 待たせちゃった?」
「いや。 下をずっと見てきたから」
そう言いながら近づいてきた牧田は、珍しく固い表情をしていて、目が鋭くなっていた。
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