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表紙

透明な絵 ≪49≫

 そのとき、牧田がもう一度柱の時計を見上げて、何か考えついた様子だった。
 横の棚からフランスパンを下ろし、袋をビリッと開いて、ボードの上で輪切りにすると、彼は明るく尋ねた。
「このパントーストするけど、食べる?」
「あ、すみません」
「たしか、コンビニでサラダ買ってあったんだ。 ああ、これこれ」
 冷蔵庫からトマトサラダのトレーを引き出すと、ついでにハムのパックも取り出して、牧田はテーブルに置いた。


 カリッと焼いたパンの上に、適当に具を載せて口に運ぶ合間に、牧田は提案した。
「今、ええと六時三十三分だろ? 藤沢さん家まで車で二十分程度で行けるから、要る物あったら持ってくる? それやっても、九時には充分間に合うから」
 陶子は嬉しかったが、ためらった。
「ありがたいけど、そんなことして疲れない?」
「疲れない。 あっちこっち撮影旅行に行くんで、体力には自信あるんだ」
「じゃ……お願いしようかな」
「されましょう」
 そう応じて、牧田は大らかな笑顔を見せた。


 家の前には、まだ一部規制線が張られていて、警官が見張りに立っていた。 陶子は免許証を見せて、牧田と共に中へ入った。
 玄関の靴箱の上に、郵便物とチラシが重ねてあった。 ポストに入ったのを警察が点検して、まとめて置いておいたのだろう。
 封筒の束を手に取ると、できるだけキッチンの方角を見ないようにして、中央階段から二階へ上がった。 牧田は無言で、影のように陶子に寄り添っていた。
 寝室の前で陶子が立ち止まったとき、牧田がようやく声を出した。
「君が荷物まとめる間、下を見てくるよ。 どうなってるか、君の代わりに」
 考えただけで、背筋がぞくっとした。 ノブに手をかけたまま、陶子はかすかに身震いした。
「何も触らない。 ただ様子を見てくるだけ」
 陶子はぎこちなく頷いた。 すぐ牧田は踵を返したが、数歩行ったところで立ち止まり、引き返してきて、小声で尋ねた。
「そういえば君、被害者の確認させられた?」


 陶子の指が、無意識にコートの端を握りしめた。
 いや、していない。 遺体安置所に行くなんて、考えもしなかった。 
 いったい、どういうことなんだろう。













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