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表紙

透明な絵 ≪46≫

 夜の道をもうしばらく走って、車は大通りから住宅街に入り、やがて停まった。
 UFOのような街灯に照らし出されたのは、不思議な形をした建物だった。 五階建てらしいが、はっきりわからない。 積み木をずらして重ねたような、凸凹の外観だった。
 横の屋根付き駐車場に乗り入れ、キーをかけて降り立った後、陶子を入り口へ案内しながら、牧田は声を潜めて説明した。
「このマンションは、ブロックごとに独立していて、窓から顔を突き出してもお互いに見えなくしてあるんだ。 だから下からだけじゃなく、上階から降りて忍び込むのも難しい」
「泥棒対策万全なのね」
 改めて玄関前で立ち止まって、陶子は建物を見回した。


 外見が風変わりなわりには、内装はごく普通だった。 ブロックはメゾネット形式で、普通の一軒家のように二階があり、白いらせん階段で上り下りするのだった。
「上の客間に泊まって。 客間ったって、あまり使ってないから納戸みたいになってるけど、ベッドとバス・トイレがついてるから、まあまあ便利だよ」
 階段を上がって、八畳ほどの部屋を見せてもらうと、まあまあどころか立派なものだとわかった。 寄木細工風の床は清潔でゴミ一つなく、壁際のベッドには掛け心地のよさそうな青い羽毛布団が積まれていた。 ベッドの足元の壁にドアがついていて、開くとシャワーカーテンつきの風呂とトイレと洗面台が設置されていた。
「ホテルみたい」
 陶子が呟くと、牧田は苦笑を浮かべた。
「君の家とは比べ物にならないだろ? 寝心地悪いかな」
「そんなことない」
 陶子は思わずむきになった。
「家は確かに大きいけど、そんなに甘やかされて育ったわけじゃないわ。 母が働いていたから、自分のことはできるだけ自分でやったし」
「やってないなんて言ってないよ」
 牧田は優しく言い返した。
「君が働き者で努力家だってことは、よくわかってる」


 そう言われたとたん、目の前がぼんやりとかすんだ。
 涙が出てるんだと悟ったとき、陶子は慌てた。 いやだ、この年になって、小さい子みたいに泣き出すなんて。
 でも、焦れば焦るほど涙は止まらなくなり、とうとう目から溢れて頬に流れ落ちた。
 顔を背けて、わからないように左手の指で拭おうとしていると、すっと肩を抱き寄せられた。 こうやって慰められるのは何度目だろう。 私って豆腐みたいにふにゃふにゃになってしまった、と思いながら、陶子は自然に牧田の肩に顔を寄りかからせていた。












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