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表紙

透明な絵 ≪45≫

 今夜、も?
 彼がどこに住んでいるかさえ知らないのに?
 今度こそ、陶子は顔が熱く火照〔ほて〕った。
「迷惑だ、と思うんだけど……」
「全然」
 愉快そうに、牧田は目を細めた。
「でも、居場所を明らかにしておくようにって、警察に言われてるし」
「ああ、そうか」
 ようやく気付いて、牧田は顔を曇らせた。
「スキャンダルになるかな。 結婚前のお嬢さんが男の部屋に泊まったら」
「そういうことじゃなくて」
 陶子はうまく表現できなかった。 ためらいの陰に潜んだ仄かな期待と、甘い心のうずきを。
「牧田さんを巻き込みたくないの。 殺人事件なんだから」
「だからこそ、迎えに来たんだよ」
 牧田はまったく動じなかった。
「犯人の目当てが偽のお父さんだけかどうか、わからないじゃないか」


 ぞくっとした。
 急に胃が収縮して、苦いものが食道を上がってきかかった。 陶子は思わず口を押さえ、目を閉じた。
「私も、狙われてるかもしれない?」
「可能性はある」
 テーブルに載せた陶子の片手が震えているのを見て、牧田は手を重ねてそっと握った。
「事件の前に逃げ出せて、本当によかった。 日本の室内ドアは、そう頑丈にできてないから、簡単に犯人に破られたかもしれない」
「そうね」
 顎まで震えてきた。 食欲がなくなって、陶子は最後の天むすを食べずに、皿の端に置いた。
「父の偽者に殺されると思って逃げたんだけど、その偽者を殺した犯人のほうが、もっと怖いわ」
「僕のマンションは侵入しにくいよ」
 牧田はきっぱりと言った。 何のためらいもなく、陶子を保護しようと思っているらしい。
 頼りたい。
 陶子は、そんな自分に驚いた。
 だが、もう止められなかった。 この世の誰よりも、彼に傍にいてほしかった。
 もう片方の手を牧田の手に重ねて挟むと、陶子は小声で尋ねた。
「連れてってくれる?」










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