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表紙

透明な絵 ≪44≫

「すいません。 こんな遅くまで待ってもらっちゃって」
「声に元気がないよ」
 謝罪に直接答えずに、牧田は心配そうに陶子の表情を確かめた。
「あのさ、もしかしたらだけど、晩メシ食った?」


 あまりにも普通な、現実そのものの問いだった。
 おかげで陶子はあっという間に、望まない悲劇のヒロインというページを閉じて、ごく当たり前の現実に戻ることができた。
「そういえば……マフィンを少し食べただけ」
「やばいよ、それ。 ええと、十時四十分か。 あそこならまだ店開いてるな」
 そう言うと、牧田は陶子の手を取って、駐車場に置いてある車へ急いだ。


 七分ほど車を飛ばして着いたのは、ビルの一階にある焼き鳥屋だった。 ラストオーダーが夜十一時ということで、ぎりぎりのタイミングになった。
 とりあえず、陶子はおにぎりセットとねぎまを頼んだ。 牧田も同じものにして、深夜だから腹にもたれなくていい、と言った。
 夜中でも、他に客は数組来ていた。 牧田と陶子は奥のテーブルを取り、ゆっくり食べながら顔を寄せて話し合った。
「家を抜け出してからどこにいたのか、訊かれたわ」
「どこにいたの?」
 澄んだ目を上げて、牧田が尋ねた。
「友達の家。 でも、名前は出さなかった。 迷惑かけたらいけないから」
 やっぱり嘘はよくない。 そう思い、陶子は言えるだけ本当のことを話した。
 手にした焼き鳥の串を、牧田は考え込むように見やった。
「隠すと逆に疑われるんじゃない?」
「警察はたぶん、牧田さんといたと思ってるんじゃないかな」
 冗談半分に答えたつもりだったのに、そう口にしたとたん、強烈な恥ずかしさが襲ってきた。 陶子はシソにぎりを喉に詰まらせそうになって、咳き込んだ。
 牧田は平然としていた。
「ああ、それもいいか。 今日は雑誌のグラビアの打ち合わせに行ってたんだけど、君が留守番してくれてたってことにすれば」
「え?」
 まだ咳が収まらず、真っ赤な顔のままで、陶子は目を見張った。
「でも……」
「ということなら、今夜もうちへ来る?」
 さらりとした口調で、牧田が続けた。











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