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≪43≫
「わかりませんね。 推定でむやみに物を言うわけにはいきませんし」
臼井刑事は事務的に答えた。 淡々としたその態度が、かえって陶子には救いになった。 変に同情されたりしたら、たまらなくなって泣き崩れたかもしれない。
被害者の所持品を覚えているだけ詳しく話し、彼の行動や、話した内容をできるだけ思い出して伝えて、聴取は終わった。
その頃には、陶子は集中力が切れて、ぼんやりしかかっていた。 若いほうの刑事が、今夜はどこに泊まる予定ですか? と訊いても、一瞬なんのことかわからなかった。
家に戻ります、と言いかけて、陶子は強く顔をしかめた。 キッチンで、あの男が殺された。 自宅は、殺人現場なのだ!
足先でおののきが起き、冷たいしびれになって上体へ移動してきた。
「ええと……牧田さんは、もう帰りました?」
「どうだろう」
小沼というその若い刑事は、ドアを開いて廊下を見渡した。
「いや、まだ待ってるみたいですよ」
張りつめていた背中から、どっと力が抜けた。
その一日で、もっとも嬉しい瞬間だった。
「あの、牧田さんと相談して決めます」
陶子はバッグのベルトがもつれるほどの勢いで腕を通すと、小走りで戸口に向かった。
その背中に、臼井の冷静な声がかけられた。
「泊まる場所が決まったら、必ず連絡入れてください。 わかりましたね」
「はい」
すぐに小沼の手を経由して、名刺を渡された。 ろくに見もせずに、陶子はコートのポケットに押し込んだ。
廊下に出てきた陶子を、牧田はベンチから立ち上がって迎えた。
「大丈夫?」
思いやりに溢れたその声を聞いたとたん、陶子は口がきけなくなった。 スポンジの上を歩いているように、足元が頼りない。 横揺れしながら牧田の前までたどり着くと、陶子はぐらりと彼に寄りかかった。
すぐに牧田の腕が体に回って、支えてくれた。
「ひどい顔色してる。 早くここを出よう。 もう帰っていいんだろう?」
まだ声が出なくて、陶子は子供のようにうなずいた。
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