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≪39≫
すぐに紫吹が戻ってきて、二人の娘は寄り添うようにアパートを後にした。
細い道をまっすぐ二十メートルほど行くと、表通りに出た。 道は広いが、あまり店はなく、マンションが並んでいるのが目立った。
紫吹は陶子の手を取り、右に曲がってずんずんと歩いていった。 やがてベンチが見え、布田南五丁目というバス停留所に到着した。
陶子は電話を取り出し、牧田に知らせた。
「ああ、鶴川街道だね。 これから飛んでく。 今いる所から動かないで」
空は晴れていたが、星はほとんど見えず、半月を雲がかすめ過ぎていった。
気温は相当低いようだ。 陶子が手をこすり合わせていると、近くの自販機からホットコーヒーを買ってきて、紫吹が握らせてくれた。
「飲まなくても、あったかいから」
陶子は、少女の思いやりに感激した。
「ありがとう」
それから、思い切って尋ねた。
「どうしてこんなに親切にしてくれるの?」
「それはね」
ひどく真面目な表情になって、紫吹は答えた。
「私た……私が困ったとき、助けてくれた人がいたから。 赤の他人なのに、親戚よりずっと親切にしてもらった。
だから私も、困ってる人を助けたかったの。 あなたが大変な目に遭うって、わかったから」
「予知能力?」
「まあ、そんなもの」
言葉を濁すと、紫吹は顔をあげて、ときどき思い出したように車が通る道を見渡した。
「あれが迎えの車かな?」
彼女が指差すほうを見ると、黒っぽいワゴン車が速度を落として近づいてくるのがわかった。
「そうかも」
紫吹の言ったとおりだった。 車は陶子の前で停まり、前のドアが開いて、毛糸の帽子を被った牧田が顔を突き出した。
「乗って!」
お礼と別れの挨拶をしようと思い、陶子は振り向いた。
だが、紫吹の姿はなかった。 急いで見回したが、遠くをカップルが並んで歩いているだけで、紫吹らしいほっそりした人影はどこにも発見できなかった。
「どうした?」
牧田に訊かれて、陶子は振り向いた。
「え? いえ……」
紫吹は牧田に見られたくなかったのだろう。
やはり彼女に助けられたことは牧田には話さず、一人で歩き回っていたことにしよう、と陶子は決め、コートの裾を合わせてワゴン車の助手席に乗り込んだ。
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