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≪37≫
さあ困った。
答えたくても、現在位置を知らないのだ。 調布の外れだとしか。
おまけに、外鍵をかけられて、アパートから出ることができない。
「あの……」
思い切って事実を言ってしまおうと口を開いた瞬間、慌しく階段を駆け上ってくる足音がした。
とっさに、陶子は電話に早口で囁いて切った。
「ごめん、またかけ直します」
カチャッという音と共に、玄関ドアが開いた。
すぐに紫吹が入ってきた。 陶子は携帯をポケットに突っ込み、紫吹が話し出す前にテレビを手で示した。
「おかえりなさい。 ずっとニュースで……」
「お宅の周り、すごい人だかりだった」
口を半ばまで覆ったマフラーを引きはがしながら、紫吹が声を被せた。
「パトカーが何台も来てたし。 野次馬の噂話だと、裏口のドアが開きっぱなしで、会社の人はそこから入って死体を見つけたらしい。 陶子さんの父親と名乗っていたヤツ、つまり被害者が、自分から裏口を開けて殺人者を中へ入れたんじゃない?」
陶子は、二秒ほど紫吹を見つめ返していた。
その間に、日光のような暖かさが胸に生まれ、急速に全身へと広がっていった。
「あの……私が刺したとは思わなかった?」
紫吹は目を大きく開いて、ぶんぶんと首を振った。
「まさか!」
「でも、さっき玄関に鍵かけて行ったでしょう? 私が信用できなくて、逃げないようにしたんじゃないの?」
「ちがうって」
今度はダウンコートの前を外しながら、紫吹はじれったそうに言った。
「逆だから。 陶子さんが私を信用しなくて、出ていくんじゃないかと心配だったの」
コートを壁のフックに無造作にかけると、紫吹は真剣な表情で向き直った。
「でもまさか、様子を見に行ったら殺人事件に出くわすとは思わなかった」
「自殺ってことは……ないわよね」
「違うと思う。 被害者は逃げ回ったらしくて、キッチンが血まみれだったって。 テレビのレポーターがカメラの前でそう言ってた」
陶子は身震いした。 深夜にゆっくりと回ったドアノブが、鮮やかに脳裏によみがえった。
私の寝室のドアを開けようとした、誰かの手。 あれは、本当に『父』だったのだろうか。 キッチンは寝室から遠く、音が聞こえにくい。 もしかすると、『父』を殺害した後の犯人が、私をも狙ったのではないか……。
陶子の声が、無意識に上ずった。
「でも、誰があの人を殺すの? 彼は南米から日本に来たばかりで、知り合いなんかいないはずなのに」
「その南米から追ってきたってことは?」
娘二人は、顔を見合わせた。
身元も顔もわからない外国人が、家に入ってきて包丁を突き刺したかもしれない―― 一段と恐怖が増してきて、陶子は唇まで白くなった。
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