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表紙

透明な絵 ≪33≫

 陶子は、唾を飲み込むのも忘れて、小さな画面を凝視した。
 そこに映っているのは、間違いなく陶子の家だった。 白っぽい塀と、どっしりした表門がやけに大きく見える。


 なに? いったい何がどうなってるの?


 男のアナウンサーが続きを言おうと早口になったとたん、ニュースがちょん切られ、コマーシャルになった。


 陶子はリモコンに飛びついてチャンネルを換えた。 次々と局をはしごしているうちに、別のニュース番組に行き当たった。
 胸を押さえて、立った姿勢のまましばらく見つめていると、ようやく事件の詳細が流れた。
「……現場は化粧品会社サニックスの前社長、故藤沢純子さんの住宅で、現在は娘さんが一人で居住しています。
 その娘さんが昨日から無断欠勤したので、不審に思った社員が自宅を訪れて、男性の死体を発見しました。 被害者は胸部を包丁で刺されて、台所の床に倒れていたとのことです。 身元はまだ不明。 推定年齢は五十代から六十代初め。
 警察は、姿の見えない娘さんから事情を訊くため、現在捜索中です」


 ニュース画面が変わった。
 とたんに、陶子の膝ががくがくし始めた。
 手でカウチを探り、崩れるように座りこむと、陶子は震える息を吸い込み、また吐いた。
 死んでいたのは、『父』だろうか。
 推定年齢からして、おそらく彼にまちがいない。 でも、胸に包丁って……!


 恐怖の冷たい塊が、喉から胃に降りていった。 陶子は無意識に両手を握り合わせ、なんとか考えをつなごうとした。
――私、捜索されてる…… 犯人と思われてるんだ、きっと。
 違う! 殺されかけたのは、私のほうなんだから!――
 すぐ警察へ出頭すべきだろう。 父を殺して逃亡したなどと思われたら、万事休すだ。
 陶子は、テーブルに置いたバッグを掴んで立ち上がろうとした。 だが、極端に手が震えて、持ち上げたバッグの中身を床にぶちまけてしまった。
 一つ一つ不器用に拾っている間も、考えは火の粉のように頭の中を舞い、恐怖は増した。
――殺された……うちのキッチンで! あの男には敵がいたんだ。 でも、犯人はどういう方法で家に入ったんだろう。 家の警備は切ってないはずなのに。
 そういえば、様子を見に来たっていう社員は、どうやって中に入ったの?――
 そうだ!
 一筋の光明がひらめいた。 監視カメラがいつも通りすべて動いていたなら、そして、犯人が外から入ったのなら(入ったにきまっている)、カメラ撮影を逃れられない。
 一秒でも早く警察に行こう。 行って捜査に協力しなくちゃ。
 陶子はコートを着る暇を惜しみ、腕に抱えたままで小さな玄関に飛んでいった。 そして、ドアノブをねじった。
 手のひらに、がくんと抵抗があった。 ノブは途中で停止し、ドアは開かなかった。








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