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表紙

透明な絵 ≪27≫

 できるだけ早く、家から遠ざかりたかった。 だが、もう電車の走っている時刻ではない。 表通りへ出て、タクシーを拾おうと決めた。
 適当なホテルはないか、運転手に訊いてみるつもりで、陶子は白い息を吐きながら急いだ。


 あと一つ曲がれば路地を抜ける、というところで、背後に軽い足音が聞こえた。
 新聞か牛乳配達だろうか。 陶子は素早く振り向いた。
 すると、思ってもみない近さに白い女の顔が浮かんでいた。


 見覚えがある、と気づく前に、女はなれなれしく陶子のコートの袖に手を置いて、早口で囁いた。
「こっち」
「は?」
「だから、こっち!」
 手が袖口を掴んだ。 強引に引っ張っていかれそうで、陶子は思わず抵抗した。
「やめてよ! あなた誰?」
 とたんに娘は悲しそうな顔になった。
「もう忘れたの? 五千円も寄付払っといて?」


 ああ、あの暗い予言の子……。
 陶子は、はっと目をこすった。
「そういえば、私の未来に闇が見えるとか言ってなかった?」
「見えたのよ。 ますます濃くなってる。 だから、心配になって来てみたの。 よかった〜」
「よかったって……」
「いや、あなたが逃げ出すところを見つけられてよかったって言ってるのよ。 とりあえず、うちへ行こう」
「あの」
「遠慮しないで。 小っちゃなアパートだけど、友達なら誰でも泊めるから。 まとめて来たって、エアマットレスふくらませたらオッケーだからね」
「でも」
「ここに長くいたらまずいでしょ? 行こう!」


 なんで信用してついていったんだろう。
 後で考えても、陶子はそのときの精神状態がよくわからなかった。
 たぶん、相手がよく知らない人で、妙な予言をしまくっていても、女性のほうがまだしも危険が少ないと感じたのかもしれない。
 少女に手を引かれ、もつれるようにして、陶子は脇道に反れた。 そして、小さな駐車場の傍らに連れていかれた。
 そこには、黒っぽいバイクが駐車していた。










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