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≪26≫
風のない、静かな夜だった。
ベッドに入ってからも、陶子の不安は収まらなかった。 羽毛布団を頭から被って、どうしたらいいか考え続けていると、涙が出そうになった。
泣いたってしょうがない。 気持ちを強く持たなきゃ。 明日会社に行ったら、今度こそ何を置いても佐々川常務に相談しよう。 そう決心すると、いくらか心が落ち着いた。
眠りの精は、なかなか訪れなかった。 家の外では四台のカメラが回っているし、窓格子とバルコニーの柵には電流が流れている。 外からの進入には強いのに、敵はまんまと中にもぐり込んでしまった。 こんな状態で、安らかに睡眠できるはずがない。
それでも、夜半過ぎには瞼が重くなった。 うつらうつらしかけたそのとき、かすかな、ごくかすかな物音がした。
とたんに、神経が研ぎ澄まされた。
陶子は動かず、ほとんど息も止めて、聞き耳を立てた。
音は、入り口から伝わってきた。 ドアレバーを、ゆっくりと回しているようだ。 開くかどうか試しているのだろう。
顔の筋肉が痛くなるほど、陶子はギュッと目をつぶった。 聴覚に意識が集中した。
やがて摩擦音は止み、小さく引っかく音が二、三度続いた後、静けさが戻った。
気配が消えた後も、しばらく陶子はじっとしていた。
あの男が、部屋にこっそり入ってこようとした。
邪悪な目的があったにちがいない。 おそらく、命を狙ったのだろう。
来たばかりの夜に、もう敵は行動に出た! なりふり構わず、邪魔な陶子を始末しようとしている。 こうなったら、明日の朝などとのんびりしたことは言っていられない!
陶子はそっと起き出して、ウォーキング・クローゼットに入り、扉を閉めてから電気のスイッチをオンにした。 押し入れの中なら灯りをつけても外には漏れない。
動きやすい服装を選び、暗闇にまぎれるように黒のキルティングコートを重ね、次に大き目のバッグを棚から下ろして、着替えや下着などを放り込んだ。
普段使いのバッグも中に入れた。 すべての鍵、保険証、通帳、印鑑、カード類を詰めて。
警報と電流のスイッチは階段の下にあるが、各部屋でも個々に解除できるようになっている。 陶子は寝室の警備態勢をカットして、バルコニーの非常階段を下ろし、こっそりと庭へ降りた。
裏口から逃げ出して、道の角を曲がったところで、陶子はおそるおそる顔を出して、後を追ってくる人影がないかどうか確かめた。
深夜の脇道は、静まり返っていた。 裏口の戸が開く様子もない。
震える息を深く吸い込んだ後、陶子は改めて、東西に長く広がる自宅を塀の外から見やった。
まさか、こんな形で家出することになるとは、夢にも思わなかった。
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