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表紙

透明な絵 ≪23≫

 レストランを出ると、牧田はごく当たり前に陶子の後をついて、家へ帰るバスに乗り込んだ。 そして、長い脚を上手に畳んで、横に座った。
「君んちって、どんなの?」
 返答に困って、陶子は下を向いた。
「どんなのって……」
「俺、煉瓦の家に憧れてるんだ。 二階までツタがからんでるようなやつ。 さもなきゃ、ブルーノ・タウトが絶賛したような純粋の日本家屋とか」
「どちらでもないわ、うちは」
 陶子はなぜかホッとして答えた。
「木造で、一部コンクリート打ち」
「平屋?」
「一部二階」
「ふうん、一戸建てはいいよね。 俺はマンションだから」
 陶子はちらりと、指輪のない牧田の左手を見た。 彼は独身で、妹と一緒に住んでいるのかもしれない、と思った。


 バスを降りたところで、陶子は牧田と距離を取る努力をしてみた。
「送ってくれてありがとう。 じゃ、この辺で」
「家までちゃんと送り届けるよ。 ここまで来たんだから」
 仄めかしの通じる相手じゃない。 陶子は仕方なく、彼と肩を並べて歩いた。
 大きな正門へ行くのは気がひけるので、いつも通り裏口に向かった。 それでも、牧田は生え際に眉がくっつくほど上げて、横に大きく広がる屋敷を眺めた。
「すっげぇ。 豪邸なんだ」
「そんなことは……」
 ないとは言えなかった。 陶子は閉口して、急いでキーを出して門を開いた。
「あの、じゃ本当にここで」
「日曜に迎えに来るね。 何時がいい?」
 次々と先回りされる。 陶子は頭がごちゃごちゃになった。
「えぇと、十時ごろは?」
「十時ね。 じゃ、そのときに」
 にこっと笑うと、牧田は一つ頷いて門を離れた。 そして、あっさりした足取りで道を遠ざかっていった。


 彼の後姿が消えるのを見届けてから、陶子は裏口を開け、中に入った。
 まだ落ち着かない気分が続いている。 学生時代に男の子と付き合って、免疫をつけておけばよかったと、心から思った。 こんなとき、相談を持ちかけられる親友が、陶子にはいない。 大会社のオーナーの娘という立場と、真面目すぎる性格のため、ずっと自分をさらけ出すことができなかった。 だから、通りいっぺんの友達付き合いで満足していた。
 少なくとも、これまでは。


 スリッパに履き替え、靴をボックスにしまっていると、背後に足音がした。
 中腰のまま、陶子は鋭く振り返った。 キッチンのドアが開き、ウィスキーグラスを手にした父が、顔を覗かせた。









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