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表紙

透明な絵 ≪21≫

 職業がわかると、急に陶子の気持ちの中で、牧田の信用度が増した。
「カメラのお仕事?」
「そう、そのお仕事」
 陶子の丁寧な言葉を面白がって、牧田は目を光らせた。
「前は雑誌の専属だったんだけど、今はフリー」
「大変でしょう」
 ずっと会社に所属している陶子にしてみれば、フリーランサーは嵐の海に漕ぎ出すヨットのように思えた。 世間の風を巧みにやり過ごして、腕一本で食べていけるなんて、大したものだ。
「まあなんとかやっていける。 最近は活字よりヴィジュアルな紙面が要求されるからさ、カメラマンの活動範囲が広くなってきてるんだ」
「ああ、わかる」
 化粧品の宣伝部門でも、写真の必要性は大きかった。 商品の写し方一つで売れ行きが変わる。 冬場は暖色系のフォトが好まれるようだった。
「今日もこれまで写真撮影?」
「そう」
 牧田は肩から下げた大き目のバッグを持ち上げてみせた。
「秋川の紅葉を撮ってたんだ。 今年は例年ほどきれいじゃないみたいだけどね。 それはそれで枯れた味があって」
 電車の速度が落ちた。 陶子は窓の外を見て、慌てて昇降口へ向かった。
「ここで降りるの」
「じゃ、ついていこう」
 なんとも無邪気に言うと、牧田は人を掻き分けるのを手伝い始めた。


 人いきれの車両から解放されると、駅の寒さが身にしみた。 陶子は肩越しに振り返って、言葉通り牧田がすぐ後ろについてきているのを確かめた。
「ほんとに降りちゃったの?」
「うん」
 いかにも楽しげに、牧田は言った。
「腹へってるから。 肉がうまい店、君知らない?」


 結局、陶子は彼を連れて、駅前通りにある小粋なレストランを訪れる羽目になった。
 なんと牧田は、チキンフライとローストビーフの両方を頼んで、流れるような速さで平らげていった。 会話しながら次々と口に肉を運び、次に話し出すときにはすっきりと喉を通っている。 鮮やかで気持ちのいい食べっぷりに、陶子は無意識の内に見とれてしまった。
 そして思った。 最近ずっと一人の夕食が続いていたけれど、こういう相手と食べると料理がずっとおいしく感じられるなぁと。










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