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表紙

透明な絵 ≪20≫

「冗談やめて。 祝福でも何でもないじゃない」
 数秒置いて、腹が立ってきた。 大きな闇だって? それじゃ、まるで呪いだ。
 あんなこと言う子だから寄付が集まらないんだ、と納得して、陶子はさっさと裏口から入り、二重にロックした。




 翌日は、会社にいても落ち着かなかった。 常務の佐々川には、まだ父が戻ったことを話していない。 最初に言わなかったのが尾を引いて、いっそう話しにくくなっていた。


 昼休みを待ちかねて、倉庫の裏で自宅に電話してみた。 ベルを十二回鳴らしても応答はなく、留守番電話に切り替わってしまった。
 いつ引越してくるのだろう。 友達と飲み明かして二日酔いとかで、まだ寝ているのだろうか。
 次はホテルにかけてみた。 すると、朝の九時二十分にチェックアウトしたと言われた。
 微妙な時間だった。 今はまだ、電車の中かもしれない。 なんとなくもやもやした気分で、陶子は携帯を畳み、急いで食事に行った。


 帰りの電車内でも、落ち着きは戻ってこなかった。
 亡くなった母は、生前に姿を隠していて、彼女がいなくなったとたんに現れた父をどう思うだろう。 家に入れるなんてとんでもない! と、あの世でカンカンになっているんじゃないだろうか。
 昨日の怪しげな募金といい、父の素早い帰宅といい、私ってお人よしすぎるかもしれない、と陶子が反省していると、ほぼ満員の乗客を掻き分けて、男性が近づいてきた。
 見るともなく目を上げて、陶子は固まった。
 うわ、牧田さんだ……!


 彼は、明らかに喜んでいた。 口がきれいな半円に開き、目が嬉しそうに細まって、活気に満ちた表情をしていた。
「また見つけた! 思った通りだ。 二度あることは三度あるんだ」
「こんばんは」
 他に言うことが見つからなくて、陶子は口の中で挨拶した。
「こんばんはー。 この辺、もうじき高架にするから、工事大変だね」
「ええ」
 お知らせがあちこちに出してある。 気のせいか、いつもより車体が揺れる感じがした。
 ぎゅうぎゅう詰めの中、牧田は陶子を自然に庇う態勢で横に立った。
「忙しくて昼抜いたから、腹ぺこでさ。 グーッと鳴いたら、それ俺の腹だよ」
「写真展はどうでした?」
 牧田は、とたんに吊革に掴まった体を低くして、陶子を覗きこんだ。 息がかかるほど、顔が近づいた。
「覚えててくれた? うん、行ったんだよ。 全体的に期待してたほどじゃなかったけど、数点、すごく構図がシャープなのがあって、参考になった」
「参考?」
「そう。 俺カメラマンだから」
と、牧田はこともなげに言った。










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