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表紙

透明な絵 ≪19≫

 晩秋の夕方は、あっという間に暗くなる。 外を見ておくなら今のうちだ。 陶子は急いで階下に下りて、裏口に回った。
 ドアの左側に、犬のプラスチック像が置いてあった。 センサー付きで、前を人が通ると吠え声を出す仕組みになっている。 女一人になって無用心だろうと、会社の同僚が冗談半分にくれたものだが、帰宅するたびに吠えられるのは嫌なので、電池を入れていなかった。
 そうだ、このセッター犬に鍵を隠しておこう、と、陶子は思いついた。 見た目より軽いから、足の下に挟んでおけばすぐ取れるはずだ。


 場所が決まったのでホッとして、陶子はくりくりっと作り物の犬の丸い頭を撫でた。
 そのとき、人の気配を感じた。


 急いで振り返った目の先に、若い女の子が見えた。
 鋳物の裏木戸の隙間から顔を覗かせるようにして、陶子を眺めていた。
 陶子が視線を向けると、彼女は不意に笑顔を作って、高い声で呼びかけてきた。
「あのー、貧しくてクリスマスを祝えない南米の子たちに、支援をお願いできませんか?」
 ああ、年末の寄付集めか――陶子は、紺の地に白い襟つきのジャンパーを着た少女に、穏やかな口調で答えた。
「悪いんですけど、寄付は施設に直接してるので、これ以上は」
「いくらでもいいんです。 五百円、いえ、百円でも五十円でも」
 よほど寄付が集まらないとみえる。 少しためらった後、陶子は普段着のジャケットのポケットに手を入れた。
 紙のごわごわした感触があった。 五千円札だ。 緊急事態に供えて、どの上着にも一枚ずつ入れてあるのだ。 用心しすぎと思う人もいるかもしれないが、一人暮らしの陶子は、タクシー代と電話代は常に手元に持っていたほうがいいと思っていた。
 その一枚を、陶子は少女に差し出した。
「これ、どうぞ」
 頼んでみたものの、貰えるとは思っていなかったらしく、少女はほとんどあっけに取られた顔で、札を眺めた。
「はい、あ、どうもありがとうございます!」
 インチキかもしれないけれど、この子は欲張らず、感じが悪くないから、彼女にあげたことにしよう。 陶子はそう思い、微笑みを残して裏口に戻ろうとした。
 背後から、かわいい声が追ってきた。
「あなたに神の祝福がありますように! お礼に警告させてください。 これから年末にかけて、うんと用心してくださいね。 あなたに、大きな闇が迫ってきてるのが見えます」


 えっ?

 予想外の言葉に、陶子は動けなくなった。
 数秒後に振り向いたとき、少女の姿は消えていた。











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