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表紙

透明な絵 ≪17≫

「そんなこと、よくお母さんのお墓の前で言えるわね」
 陶子が鋭く言い返すと、父は首を垂れた。
「いろいろあったんだよ。 本当にいろいろ」


 陶子の手が、力を失って垂れた。 祖父も母も亡くなり、血がつながっていると言えるのは、この父しかいない。 バースディカードを送ったというのが本当なら、これ以上冷たくするのは陶子のほうが耐えられなかった。
「今でも、その人と一緒?」
「いや」
 悠輔は、外国風に小さく肩をすくめた。
「彼女は別の人と結婚した」
「そうなの」
 いくらか気が楽になった。
 そのせいか、ふっと自分のほうから口にした。
「いつまでこっちにいていいの?」
「そうだな。 久しぶりに戻ったから、友達の顔も見たいし、半月ぐらいは」
「その間、ずっとホテルだと料金が大変ね」
「うん」
「うちへ来る?」


 悠輔は、さっと顔を上げた。
 目が丸くなり、喜びの色がみるみる広がった。
「いいのかい?」
「仕方ないもの」
 投げ出すような言い方をしたが、陶子は内心ほっとしていた。 なんといっても、相手は父なのだ。 陶子は家族が欲しかった。 広い家に独りぼっちで、話し声に飢えていた。


 翌日から、陶子は通常通り仕事がある。 それで、悠輔はその日のうちにホテルへ引き返し、チェックアウトして家に来ることになった。
 二人は墓に頭を垂れ、しばらく黙祷した後、本堂へ桶を戻しに行った。 招かれて座敷に上がり、当り障りのない話を五分ほどした後、陶子は父を促して早々に席を立った。
「お邪魔しました。 おもてなしありがとうございます」
「いえいえ。 お父様がお戻りで本当によかったですね」
 住職の丸顔には好奇心が表れていたが、二人が話したがらないのを察して、詳しい事情を無理に訊こうとはしなかった。


「じゃ、お父さんの泊まる部屋を片付けておくから」
「よろしく頼むよ」
 すぐに電車が入ってきたので、父子は慌しく言葉を交わし、陶子が乗り込んだ。
 ドア越しに目が合うと、悠輔は安心させるように笑顔になって頷いてみせた。 突然涙ぐみそうになって、陶子は口を抑えた。
 これからは、遠慮なく相談できる人がいるんだ――そう思った。







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