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表紙

透明な絵 ≪16≫

 悠輔は、せわしなく瞬〔まばた〕きすると、目をそらした。
「まあ、いろいろあったんだよ。 広い土地を持つのが夢でね。 ずっと昔から」
「日本じゃほとんど手に入らないものね」
 皮肉のつもりだったが、悠輔は真剣に首を振ってうなずいた。
「地平線の端から端まで広がるような大地がね、欲しかったんだ。 でも、陶子のお母さんは、向こうに住みつく気はなかった。 日本の会社が大事だった」
 それでは、母は父がどこにいるか、知っていたというのか?
 陶子は俄かに混乱して、父親をまじまじと見返した。
「お母さんは、ずっとお父さんの居場所を知ってたってこと?」
「そうだよ」
 哀しげに、悠輔は答えた。


 そんな馬鹿な!
 陶子は、ほとんどわめき出しそうになったが、懸命に自分を抑えて、できるだけ平静に質問を続けた。
「じゃ、お母さんが警察に捜索願を出して、必死で探したのは全部お芝居だったの?」
「それは」
 再び悠輔の視線が下を向いた。
「騒げば戻ってくると思ったんじゃないか? 後で取り下げただろう? 期間更新をしなかったんだから」
 陶子は驚いた。 見つからないので警察からの連絡がないだけで、今でも願は有効だと思っていたのだ。
「でも……でも、それじゃなぜお父さんは、手紙か電話くれなかったの?」
「手紙は出したさ。 バースデイカードも。 陶子の誕生日覚えていたろう?」
「受け取ってない!」
「捨てたか焼いたか、したんじゃないか」


 陶子は固まった。
 まさか、あの優しい母が、そんな真似をしたはずはない。 そう思いたかった。
 だが、悠輔がいなくなった直後の、そげたように尖った母の顔と、部屋中に散らばり、すぐに消えていった父の持ち物を考えると、ありえないことではないような気もした。
 うなだれたまま、悠輔は呟いた。
「こんなこと娘に言いたくはないが、向こうで世話をしてくれる人ができたしね」
「女の人?」
「うん」


 やっぱり、そういうことだったんだ。
 陶子は、花活けから派手な花束を抜いて、父に投げつけたくなった。
 無性に母が気の毒だった。







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