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表紙

透明な絵 ≪15≫

 寺に着いて受け付けへ行くと、すぐ住職自らが姿を見せた。 藤沢家は有力な檀家なので、丁寧に応待され、墓参の後でお茶でも、と招かれた。
 陶子は、当然父親が挨拶を返してくれるものと思っていた。 だが、悠輔は巨大な花束を抱えたまま陶子の三歩ほど背後にいて、数寄屋造りの祭礼場や鎌倉時代の建築だという本院を眺めていた。
 それで仕方なく、住職と顔見知りの陶子が話をすることになった。
「いつもお世話になっております。 今日は父とお参りに来ました。 よろしくお願いいたします」
「ほう、お父様と」
 住職の好奇の視線が、悠輔に向かった。 彼も、藤沢家の当主が行方知れずだという話を知っていた。
 陶子は多くを語りたくなかった。
「はい。 海外から帰ってきたんです」
「そうですか。 ではごゆるりと、御霊をお慰めください」
「ありがとうございます」
 陶子が頭を下げると、背後で悠輔も軽く一礼した。 その間、彼は一言も発しなかった。


 悠輔は長男なので、先祖代々の墓を受け継いでいた。
 母が急死したとき、陶子は埋葬場所を迷った。 蒸発した父を母が憎んでいたのはわかっている。 だが、離婚手続きを取らなかったのは、まだ愛情が残っていた証拠だと感じた。
 だから、藤沢悠輔の妻として、藤沢家の墓地に埋葬した。 こうやって父が戻ってきた今では、そうしておいて本当によかったと思った。


 二人は、寺の裏手にある墓地を黙々と歩いた。 細長い敷地は、東西にびっしりと楢や杉、樫の大木が茂り、なんとなく陰鬱な雰囲気をかもし出していた。
 墓石の二列目で陶子が曲がろうとしたとき、悠輔はそのまま直進した。 驚いた陶子が足を止めると、すぐ気づいて、踵で円を描くようにして戻ってきた。
「あっと、ここだっけ? しばらく来なかったから、わからなくなった」
 陶子は口をぐっと結び、早足になった。 不快感が胃を揺らす。 父が水桶を運んでいるため、また手に持たされた場違いな花束といい、先祖からの墓の場所を忘れてしまう態度といい、腹の立つことばかりだった。
 いくら十数年のブランクがあったとはいえ、ひどすぎる!




 立派な御影石の墓を手入れし終わった後、陶子は花束を二つに分けて供え、線香の白い煙がくゆる中、改めて両手を合わせた。
 父は、共に墓洗いをしたものの、後は陶子に任せきりだった。
 心の中で、父の帰還を母に報告してから、陶子は顔を上げて、父と向き合った。
「お母さんは、お父さんの帰りをずっと待っていたと思う。 口には出さなかったけど」
 言葉が出ない様子で、悠輔は神妙に頷いた。
「だから、お墓の前で話して。 お母さんにも聞こえるように。 この十五年と少しの間、お父さんはどうやって暮らしていたの?」








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