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表紙

透明な絵 ≪14≫

 あれっと思った。
 受け取った花束を抱えたまま、陶子はタクシーの後部へ体を斜めに倒して、井の頭通りの向かい側を覗いてしまった。
 ひどく目立つ格好だったにちがいない。 信号目指して歩いていた牧田の足が、ピタッと止まった。 そして、視線を凝らして見つめ返していたが、すぐに大口を開けて笑い出した。
 ちょうど信号が青に変わったため、彼は軽い足取りで飛ぶように走ってきた。 そして、笑いを残したまま、陽気に話しかけた。
「びっくりした! 花の中に顔が浮かんでた」
 陶子は首筋まで赤くなり、急いで花束を後部座席へ押し入れた。
「これからお墓参りに行くの。 お父さんが少し買いすぎちゃって」
「いいんじゃない。 故人に対する思いやりだよね」
 花が多ければいいってものじゃない、と陶子は思ったが、そうは答えず、別の話題にした。
「牧田さんは、どこへ?」
「新宿の写真展」
「ふうん」
「惜しいな。 せっかく逢えたのに、君も俺も用事あって」
 本気で残念そうに、牧田は顔をしかめた。
「ま、いいか。 偶然に賭けよう。 二度あることは三度あるっていうから、もう一回どこかでばったり逢える、きっと」
 勝手に決めこんでから、牧田は軽く頷いて挨拶を送ると、長い脚を動かして、駅に向かう人の群れに合流していった。




 陶子は、ポカンとして彼の背中を見送った。 常に彼のペースだ。 変わった人……。
 でも、もしかしたら私のほうがうまく対応できてないのかもしれない、と、陶子は思った。 昔から真面目一方の生活を送ってきて、友人は地味な人ばかりだ。 男の子とは、深く付き合ったことがない。
 こういうとき、どうすればいいのか、参考にできる人は誰もいなかった。


 足が宙に浮いたような妙な気持ちで、陶子はタクシーに乗った。 待っていた父が顔をこっちに向け、淡々と尋ねた。
「友達かい?」
「別に」
 声が自分で予期した以上にぶっきらぼうになった。
 父親に私生活を干渉してほしくなかった。 もう成人しているんだから。 一番頼りたかった十代の時、父が心血をそそいでいたのは、日本の家族ではなく、地球の裏側にある農園だったのだから。







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