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≪10≫
振り向く前から、マフラーをふわりと肩にかけたのが誰だかわかった。
この時間、この場所で、こんなぶしつけながら思いやりのある態度を取れるのは、彼しかいない。
それでも念のため、陶子は首を回して振り返った。 そして、思ったとおりの顔に出会った。
彼は微笑んでいた。 エントランスの照明を受けて、目がきらきらと輝いている。 さっきバスの中にいたときよりも元気で、エネルギーが全身から立ち上っているように見えた。
陶子が口を開くよりも早く、青年が話しかけてきた。
「すごく寒そうだよ。 縮んじゃって、体が小さく見えた」
一瞬、塩をかけられたなめくじを想像して、陶子は身震いした。 ぬるぬる系は苦手だ。
その動作を、青年は誤解した。
「ほら、やっぱり。 あっためたげよう」
言葉と同時に、両腕が陶子を引き寄せた。
あまり不意なことだったので、抵抗できなかった。 なぜか反射神経も麻痺していた。 寒さのせいだったかもしれない。
どのくらい抱かれていたのか、見当もつかない。 たぶん数秒間だと思う。 彼の腕の中は、本当に携帯カイロみたいに暖かくて……気持ちよかった。
ん? 気持ちいい?
陶子は飛び上がった。
両手をバタバタ振り回すようにして、彼の体から飛びすさった。
あまりの驚きに、舌がもつれた。
「あな……あなた、何やって……!」
「あっためてたんだよ。 君が風邪引かないように」
「やめて! つまり、もう寒くないから」
「じゃ、ちゃんとマフラー首に巻いて」
彼がさっさと肩まである髪をすくいあげてマフラーを巻きつけるのを、またも陶子は許してしまった。
ただもう、あっけに取られていたというのが真相だった。 こんな男の子は見たことがない。 驚くほどなれなれしいのだが、まったく自然体だ。
「あなた、誰?」
今ごろになって、やっと陶子は相手を知ろうという気になった。
マフラーの端を襟の下にたくしこんでから、青年は目を上げて、まっすぐ陶子と視線を合わせた。
彼は、驚くほど澄んだ眼をしていた。 良心に何の咎めもない眼。 下心などは、みじんも感じられなかった。
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