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≪3≫
別に嫌な顔立ちではなかった。 むしろ、きりっとした容貌で、ダークスーツの服装も感じがよかった。
だから逆に、季節はずれのグラサンが目立った。
すぐに視線を外すと、陶子は停留所へまっしぐらに向かった。 幸い、すぐ駅行きのバスが来て、乗ることができた。
陶子の勤務先は、青梅〔おうめ〕にあるクリーム色の瀟洒〔しょうしゃ〕な工場群の外れにあった。
そこは、化粧品の組成や効用、使用上の副作用などを研究する場だ。 多くの技術者や検査員が、完全防備の清潔な研究室で、様々な検査や分析を行なっていた。
こんな専門的な所で、大学を卒業したばかりの娘が何をやっているかというと、いわば修業だ。 陶子は、サニックス化粧品会社の創業者の孫で、半年前に亡くなった母は、有能な社長だった。
研究員という名目ではあるが、実際は組織の内情を知り、正しい営業決断を下す判断力を養うため、陶子は見学に明け暮れていた。
これまで、本社のほうで半年事務を取り、その後、工場で二ヵ月務めた。 一般社員と同じスケジュールで働いて、無遅刻無欠勤でやり終えた。 現実の業務内容を知りたかったし、お嬢さんの片手間仕事だと陰口を叩かれたくもなかったからだ。
だから、今日も遅刻したくなかった。 専用車を迎えに出しましょうか、という佐々川常務の提案を断わって、バスと電車で通勤しているのだから。
門衛に会釈して敷地内に飛び込むと、建物正面に飾られた時計を、すぐに見た。
九時十分前。
ホッとして、肩から力が抜け、ショルダーバッグがすべり落ちそうになった。
その日は、来年夏に向けての新しいサンタンの開発評価会議があった。 社長代行の佐々川の隣りに坐り、陶子はディスプレイとホワイトボードでの説明に目をこらして、メモを取った。 念のため、録音もしておいた。
当然、会議の最中には携帯の電源を切った。 そのためか、会議室を出て、スイッチを入れたとたんに電話がかかってきた。
「陶子?」
たった一度で耳に刻み込まれた、父親の低い声だった。
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