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手を伸ばせば  その297



 正式な舞踏会は夜の八時開始だった。 当然、客たちが連れてきた子供たちは出席できない。 ジリアンは彼等のことにも気を配って、午後二時から東屋〔あずまや〕で遊びの会を開いた。
 雨が降ったら離れの広間に移る予定だったが、幸い晴れたり曇ったりの天気はそれ以上悪くならなかった。 明るい芝生に人形芝居の小屋やミニピン・ゲームの台が並び、おもちゃが当たるクジ引きや、スプーン競争が開催され、子供たちの歓声が本館まで届いた。


「参ったわ。 エディったらはしゃいじゃって、ネジ巻き人形みたいにずっと走り回ってるんだもの。 後を追いかけて、脚が吊りそう。 今夜はとても踊れそうにないわ」
 久しぶりに姉妹三人で着替えに集まった部屋で、マデレーンがカウチに座りこみ、足首を揉みながら愚痴を言った。
「遊んでもらったおかげで、子供たちはみんな満足していい具合に疲れて、ぐっすり眠っているようよ。 夜中にさまよい出て乳母や屋敷の人を困らせることもない。 ジリアンはさすがね」
 ヘレンが微笑みながら言うと、マデレーンはちょっと対抗意識を起こした。
「子供の気持ちがわかるだけよ。 本人がまだ子供に近いから」
「あら、私だってもうじき母になるのよ」
 ジリアンが陽気に言い返した。
「さすがと言えば、マディも偉いわ。 エディ坊やは乳母さんよりお母さんのほうが十倍も好きなのね。 マディが抱きあげると、あんなに喜んじゃって、可愛いったらなかったわ」
 気をよくして、マディはジリアンに微笑みかけた。
「エディに私たちみたいな寂しい思いをさせたくなかったの。 お母様はほとんど子供部屋に来てくれなかったじゃない? 乳母のレティとマギーがあんないい人じゃなかったら、私たち今ごろは社交界の不良三人組よ、きっと」
「そうね」
 珍しく、ヘレンがストレートに賛成した。
「言葉は悪いけど、お母様はカッコウと一緒。 産んだだけで、後はすべて人任せだった。 ああいうふうにはなるまいと思って、私も自分でせっせとディコンの面倒を見たわ。 まあ、お金が足りなかったという事情もあったけど」
「私は母乳で育てるつもり」
 ジリアンがそこで爆弾宣言をした。
「いちおう乳母さんは頼むわ。 でも頼らない。 やれるところまで自力で育てる」
 マデレーンは目を丸くしたが、ヘレンはそんなに驚かなかった。
「そう、頑張って。 でも無理はしないでね」




 支度ができて、ベテランの小間使いが細かく服装をチェックすると、いよいよ舞踏会へ出るときが来た。
 三人娘は目を見交わし、指を複雑に組み合わせておまじないを作ってその夜の幸運を祈った後、大きく息をして扉を出た。
 すると、準備できたという知らせを受け取った三人の婿たちが、肩を並べて広い廊下をやってきた。 三人とも最高級仕立ての夜会服をまとい、いかにも上品な青年たちだが、それぞれ個性が違う。 中背で頼もしい雰囲気のクレンショー、すらりとしていかにも真面目そうなハーバート、そして辺りを圧するほど大きくて迫力のあるパーシー。
 彼等を迎える妻たちの瞳に、光が宿った。 それぞれの夫に手を差し伸べ、腕を組んで、今度は一列になって歩いていく。
 その先頭は、今夜の主役のジリアンとパーシーだった。











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