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手を伸ばせば  その293



 コリンは慌てずに、ゆっくりと視線をジリアンに合わせた。 ほぼ声変わりの終わった深い声が、見知らぬ人のようにジリアンの耳朶〔みみたぶ;じだ〕を打った。
「こんにちは、ジリー」
 驚いたことに、コリンは美しくなってきていた。 前はそばかすだらけで、いたずらとおふざけ担当という感じだったのだが。
「まあ、コリン、コリン……」
 彼に近づいていくにつれて、目の色が変化しているのがわかった。 無邪気な薄茶色が、神秘的な琥珀色に変わりかけている。 パーシーとは別の意味で、女心を揺り動かすタイプだった。
「ずいぶん顔立ちが変わったわねぇ。 街ですれ違ってもわからなかったかも」
「前の顔なんか、もう忘れちゃっただろ?」
 不意にコリンは、すねた口調になった。 そういうしゃべり方をすると、とたんに遠慮の壁は溶け、二人は昔の親しさを取り戻した。
「忘れるわけないじゃない! また会えるのを楽しみにしてたのに」
「へえ、その割にはバカ・パーシーと仲良くなっちゃって、これから披露宴だなんて。 あんまりだよ、ああ、わが心は嫉妬に燃えて焼け焦げたり。 名残の灰は土に返り、見果てぬ夢を求めて風に舞うのだ〜〜」
「バカはコリンだよ。 何なのそのクサい詩!」
 ぶつぶつ言いながら、馬車から降りてきたのは、こちらもずいぶん背が伸びたリュシアンだった。 彼はジリアンの想像通り、ラテン風の浅黒い美男になりそうな気配だ。
 喜んだジリアンは、まずコリンに抱きつき、次にリュシアンと抱擁しあった。
「そういえば、昔、幼いあなたにプロポーズされたことがあったわね。 約束守れなくて悪かったわ」
 ジリアンが笑いながら言うので、コリンはますます気を悪くした。
「冗談か、子供の出まかせだと思ってた? けっこう本気だったんだよ」
「私も十四で、考えてみれば子供だった」
 ジリアンはしんみりした口調になった。
「あなたを笑ってるわけじゃないわ。 ついにやけてしまうぐらい嬉しいの。 みんなで遊んだ夏の日々と、私たち三人だけで楽しんだ冬の団欒は、私の子供時代最後の素晴らしいときだった。 宝物として胸にしまって、何かにつけて一生思い出していくと思うわ」
 コリンの表情からこだわりが薄れ、すでに男の色気を感じさせる瞳が、ヴェールをかけたようになごんだ。
「悔しいけど、パーシーはごつくていい奴だよ。 彼と幸せに……」
「あのね、パーシーが珍しく手紙くれたんだよ」
 横からウェーブのかかった黒髪の頭を突き出して、リュシアンが兄を遮った。
「なんか低姿勢でね、お前たちが成人する前にマディとジリーをさらってしまった俺たちを許してくれ、なんて書いてあったよ。 あれって自慢だよね。 頭に来るよ」
「私たちより素敵な人を見つけて、自慢し返せば?」
 ジリアンがやんわりけしかけると、リュシアンはいかめしく頭を横に振った。
「それは無理。 でも、同じくらいの人なら見つかるかもしれない」
「僕は上を狙ってみる」
 コリンが呟いた。
「パーシーには負けたくない」











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