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表紙

手を伸ばせば その290



 翌日から、ジュリアはすっかり活気を取り戻し、末娘夫妻の結婚披露宴の準備に、張り切って手腕を振るいはじめた。
 宴の主役であるパーシーの元には、招くより先に、各方面から彼への招待状が殺到していた。 キャロラインのたくらんだお家乗っ取り騒動が、連日のように新聞・雑誌に取り上げられ、パーシーは「誘拐されたいたいけな金髪の赤ん坊」として、広く世間の同情を呼んでいたのだ。


「あなたを知ってる貴族も何人かいるけど、知らない人が初めて会ったら、みんなびっくりするでしょうね」
 園遊会への招待状二通に目を通した後、ジリアンはデスクに頬杖をついて、くすっと笑った。
「かわいそうな赤ちゃんのなれの果てが、入り口につっかえそうな大男で」
 茶色の室内用ジャケットに身を包んだパーシーが、椅子をジリアンの横に引いてきて、どさりと座った。
「今はまだ、毒を盛られた後遺症で動けません、とか何とか言って断れるが、派手な披露宴の後じゃ、もう逃げられないだろうな」
「大丈夫よ」
 ジリアンは全然心配していなかった。
「代表的なお宅をいくつか回って挨拶すれば、後は自由。 新婚旅行に行くと言って、姿を隠してしまえばいいわ。 本当に行ってもいいし」
「確かに」
 小柄な妻の背中を抱いて、パーシーは少し考えていたが、そのうち目を輝かせて提案した。
「行こうよ。 な? 君の体がちょっと心配だが、もし体調がよければ」
「私はいつだって元気」
 ジリアンも喜んで座り直し、パーシーの膝に乗った。
「つわりがほとんどないの。 お母様もそうだったって」
「だから、あの性格でも四人産んだんだな」
 パーシーが口の中で呟いたのを聞こえないふりをして、ジリアンはわくわくしながら囁いた。
「素敵な夏になるわねぇ。 寄宿学校のお友達に会えたら会いたい。 みんな綺麗になってるわ、きっと。 もう結婚した人もいるかな」
「サラにアマーリアにデニーズ、ゲルトルードとベス、それにベッツィか」
 パーシーがすらすらと学友の名前を並べた。 ジリアンはびっくりして、目をむいた。
「えっ? どうしてあなたが知ってるの?」
「手紙で読んだ」
 パーシーはあっさり言い、ジリアンの巻き毛をくしゃっと乱した。
「君がマークに書いた手紙、全部僕のところへ回ってきたんだ」


 ジリアンの口が、ぽかんと開いた。 丸くなった唇にキスしてから、パーシーは説明した。
「マークは僕を釣るために、何でもした。 君をあきらめさせないように、おまけに焼餅を焼かせて刺激するように。
 でも文通を頼むなんて、いい度胸してるよな。 君があいつを好きになるんじゃないかって、ずっと心配のし通しだったよ」
 ジリアンはだんだんふくれ顔になった。
「マークったら、手紙をあなたに見せるために文通を言い出したの?」
「見せびらかすためにね。 ほーら読んでみろ、こんなに活き活きした面白い人を放っとくなら、オレが取っちゃうよ、ってね」
「あきれた」
 がっかりしたような、いやこれでよかったんだとホッとするような、微妙な気持ちで、ジリアンは過去を振り返った。
「少しは好意を持ってくれてるのかと思ったけど、私のうぬぼれだったのね。 まあ、好かれても応えられないから、それでいいけど」
 パーシーの顔から微笑みが消えた。 そして、痛いほどジリアンを抱きすくめると、耳の傍で低く囁いた。
「あいつは鉄のように意志が固いんだ。 そうでなきゃ、危なかったと思うよ」










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