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手を伸ばせば その285



 右のほうが色が薄いということは……
 ジュリアは素早く暖炉に近づき、天使の顔をグイと掴んでまず引っ張り、動かないと知ると横に回してみた。
 すると、顔だけでなく周囲の模様が斜めに動き、小さな音を立てて長方形に外れた。
 そこは、十インチ×七インチほどの隠し戸棚になっていた。 そして、書類の束が四つと宝石箱、それにポンド紙幣をぎっしり詰め込んだ袋が入っていた。
 宝石と金には見向きもせず、ジュリアは書類を両手に掴んだ。
 そのとき、廊下に重い足音がして、表部屋のほうの扉が開くのが聞こえてきた。 とっさにジュリアは書類束の二つをレティキュール(小さなバッグ)に隠し、入りきらなかった残りの二つをスカートのウェストの後ろ部分に挟んで秘密戸棚を閉め、何くわぬ顔でベッドの横の小引出しを開けて、肌着やスカーフなどを布団の上に置きはじめた。
 やがて、寝室に通じるドアから、従僕のお仕着せをまとった中年男が顔を出した。
 彼は、優雅に差し入れの品をまとめているジュリアを発見して、驚いた。
「これは奥方様……」
「デナム公爵夫人よ」
 ジュリアが告げると、男は深く頭を下げた。
「存じております。 何度かお見かけしました」
「そう、じゃ話は早いわね。 キャロラインは間違ったことをしたけれど、友達だった者として見苦しくない格好をさせてあげたいの。 持っていく物をここで選んでいくから、あなたはお仕事を済ませるといいわ」
 従僕の目が、キランとずるそうに光った。
「仕事と申しましても、ここにはもうどなたもおられませんし」
「ああ、後片付けに来たというわけね」
 ここにも残骸を漁る野良犬がいる。 ジュリアは早く退散したほうがいいと判断し、取り出した衣類だけひとまとめにして、男に軽くうなずくと、続き部屋を後にした。


 一階に下りたジュリアは、リネン室にいた家政婦を見つけて、持ち出した衣類を渡し、ポンド札を二枚添えて頼んだ。
「人が来たので、うまく探せなかったわ。 あなたのほうがキャロラインの服装をよく知っているでしょうから、見つくろってタイバーンの拘置所に差し入れてあげて」
「はい、お申しつけ通りに」
 雇い人には滅多に手に入らない大きな札を、マレー夫人は嬉しそうに受け取った。




 母が再びヴェールで厳重に顔を覆って、デントン・ブレア邸の裏門から出てくるのを、フランシスは木陰から見守った。
 馬車が裏道を抜けて姿を消すまで、彼はじっとしたままだった。 だがその後、ゆっくり木陰から出ると、母の姿がちらちら見え隠れしていた二階の窓を見上げて、少し考え込んだ。
 母とキャロライン夫人の間に何があるのかと、以前からフランシスは疑問に思っていた。 いくら身分のつりあう結婚を娘たちに望むにしても、ジュリアのジェラルドびいきは常識を超えていた。 長女が嫌がって家出したにもかかわらず、末娘に無理やり彼を押し付け、あげくに手引きまでするとは。
 母はあの女に、何か弱みを握られている可能性がある。 捕らえられたキャロラインは、すべてを失ってもう怖いものなしだから、裁判で開き直るだろう。 ひょっとして命が惜しくなって、ジュリアを巻き添えにして延命を図るかもしれない。
 フランシスの表情が硬くなった。 母は二階の部屋に数分しかいなかった。 あんな短い時間で、取りに来た物をちゃんと探し出せただろうか。 途中で入ってきた男の影に邪魔されて、果たせなかったのではなかろうか。










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