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手を伸ばせば その283



 その夜、フランシスは夜更かしして、入院中のマークに長い手紙を書いた。
 ジェラルドの死はマクタヴィッシュから聞いているだろうから、キャロラインの自白と逮捕について、できるだけ詳しく説明した。
 悪戦苦闘して、ようやく書き終わった頃には、既に太陽が地平線から顔を覗かせていた。 カーテンの隙間から淡い光が差し込んでいるのに気づいて、フランシスは自室のデスクから立ち上がり、強ばった肩をほぐしながら窓辺に向かった。
 すると、窓のすぐ下に軽装馬車が止まっているのが見えた。 驚いたフランシスが、身を乗り出して観察していると、建物の脇のドアから分厚いヴェールで顔をくるんだ女性が出てきて、あわただしく馬車に乗り込んだ。
 フランシスの顔が引き締まった。 地味なドレスを着て顔を隠していても、息子だからすぐ見分けがつく。 優雅な社交生活のせいでいつも昼頃ようやく起きる母ジュリアが、早朝四時過ぎというとんでもない時間に、どこへ出かけるのだろう。
 それも、人目を忍んで。




 ジュリアの馬車は、早朝の表通りを最短距離で飛ばして、ロンドン北部にある指折りの高級住宅地、ハイゲイトに向かった。
 高い鉄柵の外側まであふれ出て鬱蒼〔うっそう〕と繁っているニレの大木の下に、小型馬車は隠れるように停まった。
 ジュリアはヴェールを顎の下まできちんと伸ばし、うっかり風に飛んだりしないよう調整してから、そっと馬車を降りた。 そして、柵添いに二十ヤードほど歩き、奥まった裏門を開けて、砂岩作りの堂々とした屋敷へと入っていった。


 正面玄関ではなく、横手の家族用出入り口を軽くノックすると、間もなく中年女性がドアを開いた。
 尋ねてきたのがジュリアだとすぐ悟り、彼女は珍しく取り乱して、細く高い声を上げた。
「まあ、令夫人様!」
 急いで自分の唇に指を当てて、ジュリアは家政婦のマレー夫人を黙らせた。
「シッ、大変なことになったわねえ」
「はい」
 マレーは半泣きで答えた。
「ジェラルド様が悪党に撃たれてお亡くなりになったのはご存知ですか? それで警官がドカドカ入ってきて、逮捕騒ぎがありまして、ようやく帰ったものですから屋敷内を掃除させておりますと、今度は奥様が……」
 家政婦はそこで絶句し、顔を手で覆ってしまった。 ジュリアは気が気でなくなって、マレーの腕を取って揺さぶった。
「二度目に来た警察は、家捜しをしたの?」
 篭もったオロオロ声で、家政婦は答えた。
「はい。 書斎と奥様のお部屋をめちゃくちゃに散らかして、さっきようやく去っていきました」
 ジュリアは一瞬天を仰いだが、すぐ気を取り直し、厳しい口調で言った。
「キャロラインは私たちを裏切ったの。 毒を盛って娘婿を殺そうとしたのよ」
「はい……」
 マレーは蚊の鳴くような声になった。
「存じております。 偉そうな警部から聞きました」
「憎いけれど、昔からの知り合いで、親友の一人でもあった。 拘置所ではいろいろ不自由でしょうから、届け物をしたいの。 服とか、当座の小遣いとか」
 思いがけない言葉を聞いて、家政婦は顔から手を離し、目を丸くしてジュリアを見つめた。











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