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手を伸ばせば その282



 その夜の食事は、なごやかだが少し寂しいものになった。
 パーシーとハーバートは、すっかり胃の痛みは取れたと主張したものの、薄味のオートミール粥とミルクをほんのちょっと許されただけで、寝室に押し込められていた。
 マデレーンとジリアンは、それぞれの夫に付きっきりでかいがいしく看病し、本を読んであげたり冗談を言って笑わせたりして、元気を取り戻させようとしていた。
 そして家長の妻であるジュリアは、一度も人々の前に姿を現わさず、偏頭痛がするとメイドに言ってよこさせただけで、自室に入ったままだった。


 だから、定時に食堂へ集まったのは男性ばかりだった。 まずデナム公爵と息子のフランシス、それに帰宅するのを止めたラムズデイル氏と、往診から戻ってパーシーたちを診察した後のマニング医師が、疲れた表情で食卓を囲んだ。
 見事な味付けのラムローストとレーズンパイを賞味した後、医師は感謝の言葉で送られて自宅へ戻り、残った一同は喫煙室に移って、事件のまとめを始めた。
「やはり、ミランダ夫人はキャロラインに突き落とされていたな」
「ええ」
 フランシスが残念そうに答えた。 パイプに火をつけながら、ジェームズ・ラムズデイルが尋ねた。
「なぜ一思いに、ご主人のサー・タイラーも殺さなかったんでしょう?」
「あまりに次々事件を起こしすぎたせいです。 この上、まだ若くて健康な侯爵まで急死したとなると、真っ先に疑われるのは次に爵位を継ぐ者ですから」
「なるほど。 じっくり待つ気だったんですな」
 ジェームズは顔をしかめて、パイプを口に持っていった。
「サー・タイラーは残念でしたな。 長生きすれば、元気な息子に会うことができたのに」
「ただ、パーシーのためには、ここで事件が解決してよかったと言えますね。 爵位を横取りしていたジェラルドが亡くなり、母親が逮捕された今、パーシーを公式に侯爵と認めるのに障害がなくなりましたから」
 フランシスが、明るい面を探そうとして、そう言った。 デナム公は頷いたが、ジェームズは煙を吐きながら淡々と口にした。
「あの子にはどっちでもいいことでしょう。 彼にはあの可愛くてしっかりした奥さんがいれば、それで満足なんです」


 そのころ、『可愛くてしっかりした奥さん』は、パーシーの厚い肩に額を押し付けて共に横たわり、彼の大きな手をおもちゃにしていた。
「それでね、これが感情線で、こちらが生命線」
「手相占いかい? いつそんなこと習ったんだ?」
「お父様の図書室にあった古い本で読んだの。 あなたの生命線、すごくしっかりしてて長いわ。 だから何度も命が助かったのね」
 パーシーは寝返りを打つと、ジリアンに掴まれていないほうの腕で、ぐっと妻を抱えこんだ。
「手の皺で命を救われたわけじゃない。 君とマニング先生のおかげだ。
 それと、たぶん死んだ両親の」
 ジリアンは目をしばたたいた。 結婚後十年ぶりに生まれた一粒種は、タイラーとマティルダ夫妻の宝物だったにちがいない。 夫妻の霊が大切な息子を見守っていることを、ジリアンも心の中で信じ始めていた。












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