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手を伸ばせば その281



「じゃ、やはりあの男が乳母と赤ん坊を助け出したのね」
 キャロラインは太く息を吐いた後、苦々しげに呟いた。
「最初は疑わなかった。 だって赤ん坊がダーンリー・コートに戻ってこなかったもの。
 乳母も一緒に消えたから、手を尽くして探したわ。 でも見つからなかった。 うまく隠したものね」
「じゃ、跡継ぎの赤ん坊が生きているかもしれないと、ずっと思っていたわけだね?」
 デナム公爵が厳しく尋ねた。 するとキャロラインはうっすらと笑った。
「ええ、そうよ。 礼金目当てでミリー・パターソンがそっと育てているものと信じていたわ。
 だから、名乗り出てきたらすぐ始末できるよう、準備を整えていたの」
「それが息子の恋敵になって現われるとはな。 運命は皮肉なものだ」


 そこまで聞いて、ジリアンは急にパーシーが心配になり、そっと喫茶室を出た。
 緑の間のドアを開くと、中から笑いさざめく声が聞こえた。 ハーバートはソファーに身を起こし、膝掛けをして座っていた。 その足近くにオットマンを置いてマデレーンが腰を下ろして、夫に軽くよりかかるようにしながら笑顔で話している。 もうすっかり安心して落ち着いたようだった。
 パーシーはというと、なんとカウチから起き出し、窓枠に腰かけて外を見ていた。 ドアの開く音がしたとたん、真っ先に振り向いて確かめたのは、彼だった。
 入ってきたのがジリアンと知ると、やつれの残った顔がパッと輝いた。
「やあ、あんまり帰ってこないから、こっちから行こうと思ってたんだよ」
「引き止めるのが大変だった」
 椅子に座って、胸を撫で下ろした様子でミルクティーを飲んでいるラムズデイル氏が、大声で言った。
「で、わたしの息子たちを殺そうとした犯人は、どうしてるかね?」
 ジリアンは急いでパーシーの隣に座り、手を取り合いながら答えた。
「すべてを告白しています。 ジェラルドがいなくなった今、生きがいも失ったみたいで」
「子供は大切なものだ」
 ラムズデイル氏は断言した。
「だが、あの女は大切にしたかね? とんでもない! 彼女は息子を失恋させ、二度も大怪我をさせ、あげく死なせてしまった。
 それに比べて、どうだ、うちのパーシーは」
 手塩にかけて育てただけに、ラムズデイル氏はパーシーを自分の子と思わずにはいられないようだった。 愛情は、理屈に勝るのだ。
「ふつう侯爵家を継げるとなったら、一もニもなく飛んでいくだろう。 でもパーシーは、うちを選んだ。 わたしの息子として、ラムズデイルのままでいたいと望んだんだ」
 ジリアンはパーシーの肩に頬を載せ、柔らかく囁いた。
「私もそれでよかった。 パーシー・ラムズデイルのお嫁さんになるために、マークと家を出たのよ」
「問題は君の母上だったな」
 パーシーがいたずらっぽく囁き返した。
「結局僕は、公爵夫人のご機嫌を取るために貴族になったわけだ」


 警官の到着は大幅に遅れた。
 夕方にやっと現われたときには、州長官の代理を伴って来ていた。 いくら殺人犯でも、高位の貴族夫人となると、扱いに困ったのだろう。
 護送車の中では、手を縛るのも止めて、警官が見張るだけになった。 黒く陰気な馬車が薄暮の街路を遠ざかっていくのを、公爵とフランシス、それにラムズデイル氏が窓に並んで、無言で見送った。













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