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その280
キャロラインの全身が、一瞬強ばった。
だが彼女はすぐ肩の力を抜き、顔を上げて薄ら笑いを浮かべた。
「言うに事欠いて、なんて下らないウソの脅しでしょう。 あの子は歩けないのよ。 右膝を撃ち抜かれてね。 それがどうして銃なんか!」
「動けないから一階の客間で寝ていたんだろう? それが運の尽きになったようだね。 その部屋に借金取りが押し込んできて、ジェラルドは脅そうとして拳銃を出した。 普段なら相手も逆らいはしなかっただろうが、相手が怪我人では」
「嘘よ」
キャロラインは声を荒げた。 そして、岩のような表情を崩さないデナム公爵から目を離し、その背後から入ってきたフランシスに視線を据えた。
フランシスはまだ若く、感受性も強かった。 焼き尽くすような探りの眼差しを向けられて、どうしても沈痛な面持ちになってしまった。
「本当です。 これまでの経過はともかく、お気の毒に思います」
五秒ほど、沈黙が続いた。
それからゆっくりと、キャロラインは膝で手を組み合わせた。
すぐに指がわなわなと震え出し、肘から肩へと伝わった。 泣いているのかとジリアンは思ったが、空間を見つめたままのキャロラインの目は虚ろで、乾ききっていた。
「だから言ったのよ」
わななく口から、かすれ声が漏れた。
「そこらの商人はともかく、ノミ屋にだけはきちんと支払っておくようにと。 でもジェラルドは聞かなかった。 あの子はケチで、いつもお金を出し惜しみして……」
ジリアンは、半ば開いたままのドアの向こうに人影を見た気がして、顔を動かしてよく見ようとした。 だが、その影はスッと横に動き、すぐ消えてしまった。
ジリアンの動作に気づいたフランシスが、閉め忘れたドアに手をかけて閉じた。 デナム公爵は重々しい足取りでキャロラインに近づき、静かに言った。
「ストリキニーネの袋を見つけたよ。 シモンズさんの台所の床下からね。 マニングくんが言うには、分析すればどの店で買った品物かわかるそうだ」
キャロラインは、急に寒くなったように、腕で体を抱き締めた。
それから、ぽつりと呟いた。
「そんな必要はないわ。 すべて話します。 もう何もかも終わったのだから」
地元の警察が通報で駆けつける前に、公爵とフランシス、そしてジリアンの前で、キャロラインは長い告白を終えた。
公平を期すために、フランシスが内容のメモを取って、疑問点をキャロラインに確かめた。 それで、これまで謎だった幾つかの事実がわかった。
最初に、金でつられて乳母のミリー・パターソンとライオネル(つまりパーシー)をさらった郷士、トーマス・サンダースは、二人が窓から(ジョックに連れられて)逃げたことを、キャロラインに言わなかった。
打ち明ければ怒られるとわかっていたから、黙って誘拐の礼金を受け取って、しばらく村から消えた。
後でそれを知ったキャロラインは激怒したが、後の祭りだった。 だから仕方なく、ミリーが着替えさせてトーマスの家に残っていた赤ん坊のベビードレスを沼に捨て、死んだと見せかけた。
また、先だってマークが暗殺者に襲われたのは、彼が顎を砕いたとジェラルドが思い込んでいたためだった。
家出したジリアンを追跡していて、パーティー好きの知り合いから、彼女が舞踏会でマークと親しくしていたという情報を得たのだ。
マークは子供時代からナサニエルを尊敬していて、ジェラルドにとっては身内の敵だった。 だからピンと来た。 海軍将校で、情報関係の仕事をしているという噂のあるマークなら、巧みにジリアンを連れ去ることができただろうと。
「ジェラルドを殴ったのはマークじゃなく、ジョック・マクタヴィッシュですよ」
フランシスが教えると、キャロラインは激しく顔を歪めた。
「あの男……! 目をかけてやったのに、私たちの邪魔をするようになったから、ジェラルドが暗殺者を雇ったの。 でも、殺し屋のほうが返り討ちに遭ったわ。 見かけがいいだけの若造だと思ったのに、とんでもない食わせ者だった」
「彼がいたから、パーシーは生き延びたんです」
ジリアンは、胸の迫る思いで囁いた。
「大きな恩があると思ってますわ」
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