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手を伸ばせば その279



 間もなく廊下が騒がしくなった。
 父がシモンズの家から戻ってきたのかと思い、フランシスとジリアンは一斉に扉へ急いだ。
 だが、開いてみると、青い顔をしたジェイムズ・ラムズデイル氏が、帽子も脱がずに大股で歩いてくるところだった。
 兄妹を見たとたん、ジェイムズは裏返りそうな声を出した。
「ハーブとパーシーが危篤って、本当なんですか!」
「いいえ、もう危険な状態は脱しました」
 急いでジリアンが打ち消す傍で、フランシスが進み出て、倒れそうになったジェイムズを支えた。
「突然呼び返して、さぞご心配なさったでしょう。 二人は急速に元気を取り戻しています。 確かに重症でしたが、若いので回復も早いだろうとマニング医師が……」
 慰めながらフランシスがジェイムズを緑の間へ案内していった。 ジリアンは二人についていこうとしたが、キャロラインが喫茶室に見張り役と残されているのを思い出して、戻ることにした。


 仕事が忙しいジェイムズ氏は、午前中に会社へ引き返そうとしたらしい。 帰路で恐ろしい知らせを受けて、どんなに衝撃を受けたことだろう。
──私も倒れそうだった。 パーシーが死んだら、生きていられないと思った…… ──
 そう考えると、ジェラルドの死で感じたキャロラインへの同情は弱まった。 すべて彼女の権力志向と強欲さから始まったことだ。 そのせいで、何人もの人間が命を落とし、その周りの人々が不幸になった。
 ドアの前で背筋を伸ばし、ジリアンは厳しい表情で中に入った。 キャロラインは見向きもせず、雲が切れて初夏の陽射しに輝いている庭に目を据えたままだった。
 ジリアンは、そんなキャロラインの後頭部に向かって、独り言のように話しかけた。
「たとえ貴族でも、殺人を犯せば死刑。 未遂だからって許してはもらえない。 流刑になるでしょう」
 キャロラインは肩を怒らせたが、振り向こうとはしなかった。
「それに、父が絶対に許さないわ。 ラムズデイルのお父様も有力者で、検事の応援をするでしょう。 他のデントン・ブレア一族にも怒っている人がたくさんいるようだし」
「あんな小者たちが何!」
 バカにしきった口調で、キャロラインが久しぶりに声を発した。 この傲慢さがすべてを敵に回すんだわ、と、ジリアンはやりきれない気持ちになった。


 やがて、いくつもの靴音が近づいてきた。 今度こそ父達らしい。 ジリアンが扉に目をやると同時に、予想通りデナム公爵とフランシス、それにだいぶ落ち着いた表情になったジェイムズが、続いて入ってきた。
 デナム公ジェイコブは、真っ直ぐな眉の下から鋭い視線をキャロラインに浴びせ、前置きなしに言った。
「君の一人息子は、銃の暴発で死んだそうだよ」













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