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手を伸ばせば その276



 メイトランド夫人によると、ジリアンはやきもきしながらも、パーシー達を心配して、あの後すぐに緑の間へ戻っていったそうだ。
 かくして、フランシス一行はメイトランド夫人まで加えて五人組になって、廊下をぞろぞろ歩いていった。


 やがて、執事のオズボーンが気配を聞き取り、事務室のほうから出てきた。
「フランシス様」
 彼の無表情な顔を見て、フランシスは肩の荷が降りた気になった。
「テディ! よかった、そこにいてくれて。 誰か腕っぷしの強いのを呼んで、この人を捕まえといてくれ。 見かけと違って、凄い力なんだ」
 オズボーンは、髪を振り乱したままのキャロライン夫人をじっと見つめた。 夫人はひるむことなく、冷たく燃える目で睨み返した。
 胸をふくらませると、オズボーンは静かに言った。
「かしこまりました。 確かに危険な方ですね」


 すぐに従僕が二人呼ばれて、キャロラインをがっちりと挟んだ。 一人はキャロラインの腕を取ろうとしたが、激しく振り払われた。
「離しなさい! 下賎な手で触らないで!」
 困った従僕がフランシスを見たので、彼は肩をすくめた。
「逃げようとしたら、遠慮なく捕まえていいよ」
 それから、キャロライン夫人には厳しい口調になった。
「抵抗すれば容赦なく縛りあげますよ。 あなたは犯罪者だ。 何をしてもレディ扱いされると思わないでください」
「犯罪者ですって? 証拠はどこにあるの」
 不意にキャロラインが嘲笑した。 眼に意地悪げな輝きが宿った。
「ちょっと悪ふざけしただけじゃないの。 シモンズさんに仮装して、何が悪いの?」
 この究極の開き直りに、フランシスは空いた口がふさがらなかった。
「悪ふざけ? ナイフとピストルで殺そうとしたのが? 冗談も休み休み言ってください」
「彼女は傷ひとつ負ってないわ」
 自分の言ったことに勇気付けられて、キャロラインは勢いに乗った。
「それに、私の前に立ちふさがったあなたもね。 ピストルを撃つ気はなかった、怖くなって自己防衛しただけだ、と主張するわ。 有罪になんかなりはしない」
 ずうずうしい上に口の減らない女だ。 フランシスは内心歯ぎしりした。
「そううまくは行きませんよ。 目撃者のジャニスがいる。 襲われたシモンズ夫人も……」
「二人ともこの屋敷の使用人じゃないの。 あなたの命令でどんなことでも証言するはずよ。 そんなもの、信用できないってね」
 引っぱたいてやろうか、と、フランシスは一瞬本気で思った。
「あいにくだが、僕の証言はみな信じてくれますよ。 真面目な大学生だし、あなた流に言えば由緒正しい公爵家の跡継ぎで、紳士ですからね」
 とたんにキャロライン夫人はひるんだ。 身分にこだわる人間は、そこを相手に突かれると弱い。 唇を震わせると、やけ気味に言い放った。
「そうでしょうとも。 あなたは父親の七光りで、私とかわいそうなジェラルドを平気で陥れるのね」
「かわいそうなジェラルド?」
 フランシスは遠慮なしに笑った。
「そうですね。 これから本当にかわいそうなことになりそうだ。
 テディ、こういう人が相手だから、病人の部屋へ連れこむのは刺激が強すぎるだろう。 ええと」
 周囲を見回して、
「喫茶室を使わせてもらうよ」
「はい。 公爵様にお知らせしますか?」
「ぜひ頼む」
「只今すぐに」
 オズボーンは身を翻し、ほとんど足音を立てずに遠ざかっていった。











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