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手を伸ばせば その275



 キャロラインは、歯を喰いしばって暴れ回った。 うなぎのように体をくねらせるので、すらりとした見かけより腕力のあるフランシスでも、しっかり捕まえるのに骨が折れた。
 ようやく組み敷いて動けなくさせると、フランシスは息を弾ませながら冷たく言った。
「もう終わりです、キャロライン夫人。 屋敷へ戻りますよ。 みんな喜んで迎えてくれるでしょう」
 すくんでいたジャニスも既に立ち直って、半分縛られたままのシモンズ夫人を助けに行っていた。
「シモンズのおばさん、ひどい目に遭ったわね」
 シモンズは自分のことよりも、目の前で起きかけた惨劇で気もそぞろになっていた。
「ああ、坊ちゃま、坊ちゃま! ご無事ですか?」
「大丈夫だよ、シモンズさん」
 フランシスは温かく答え、キャロラインの手から拳銃とナイフをもぎ取って、懐に入れた。
「君こそ大丈夫かい? どこか怪我は?」
「いいえ、どこも何とも」
 叫びつづけたため枯れた声で、シモンズは懸命に答え、ジャニスに寄りかかった。
「この女は本物の悪魔です。 親切ごかしにここへ来て、私のケーキが大好きだからお茶の会で出したい、お礼はする、と言ったんです。 それでバスケット一杯作ったら、急に眠くなって……目が覚めたら、椅子にギリギリ縛られてました」
「睡眠薬だな。 君も毒を盛られなくてよかった」
 ジャニスが、疲れきった様子のシモンズを支えながら気遣った。
「ここにいたら心細いでしょう。 おばさんも母屋に行きましょう。 歩けたら、だけど」
「歩けますとも」
 シモンズ夫人は勇ましく言い、まだ片手に握りつづけたままだった水差しを、そっとテーブルに下ろした。
「なんでこんな恐ろしいことをしたのか、この女悪魔の口から直〔じか〕に聞きたいですからね」


 こうして、奇妙な四人組は広い庭を斜めに突っ切り、屋敷に向かった。
 まず厨房に入ると、料理人たちは、鶏小屋のめんどりのように、一斉にバタバタと立ち上がった。 その顔は、すべて驚愕に引きつっていた。
「まあ、シモンズさんが……」
「二人いたんだ」
 フランシスが手短に言った。
「こっちが本物。 屋敷にもぐりこんだのは、この偽物だ」
 そう言ってフランシスがキャロラインのレースキャップを取ると、手入れのいい金髪の巻き毛がこぼれて、肩にかかった。 真っ先に気づいた料理長のメイランドが、口に手を当てた。
「レディ・キャロライン……!」











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