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表紙

手を伸ばせば その274


 ドアの開く音を耳にして、襲っていた女は素早く振り向いた。 その服装といい、白いキャップに包まれた皺だらけの顔といい、気味悪いほど本物のシモンズ夫人に似通っていた。
 戸口から飛び込んできたフランシスを見るや、女は手にしていたナイフを左手に移し変え、腕に下げていたバッグから小型ピストルを出して、ぴたりと狙いを定めた。
 続いて入ってこようとしたジャニスが、甲高い悲鳴を上げた。
 フランシスは女を見つめたまま、一歩脇に寄ってジャニスを体で庇った。 そして、自分でもよく出せたと思う冷静な声で呼びかけた。
「すぐ母屋へ行って、人を呼んでくるんだ」
 ジャニスがあえぎながら向きを変えようとしたとき、女が鋭く叫んだ。
「一歩でも動いたら、彼を射殺するわよ!」
 たちまちジャニスは石造りのように固まり、小さな泣き声を上げた。
「やめて! 若様を撃つなんて……!」
 怒りで、フランシスの体が震えた。
「逃げきれると思ってるんですか、キャロライン夫人?」


 名前を暴露されたキャロラインは、足を踏み換えて、傲慢に顎を上げた。 入念な化粧で変装した顔の中で、大きなブルーの眼だけが冷酷な美しさを保っていた。
 それからキャロラインは、あざけるように尋ねた。
「あの男は死ななかったようね?」
 フランシスの目が細まった。
「パーシー達なら解毒剤が効いて、回復しはじめましたよ」
「解毒剤!」
 キャロラインは吐き捨てるように言い、銃口をフランシスの胸から腹へと徐々に動かした。
「これは連発銃よ。 五発弾込めしてあるわ。 あのクズは、未だにライオネルと名乗らず、パーシーで通している。 デントン・ブレアの跡継ぎなのに喜びもしない。 そのくせ、私のジェラルドが一生足を引きずるような怪我を、わざと負わせたのよ!
 あいつが今目の前にいたら、どんなにいいだろう! 少しずつなぶり殺しにしてやるのに!
 でも、身代わりにあなたを傷つけるのもいいわね。 どんなに辛い死に方をしたか思い出す度に、あいつと小ざかしいあなたの妹が生涯苦しむようにね」
 ピストルが一段と下がり、フランシスの膝頭に照準を合わせた。
「外すだろうと思わないほうがいいわよ。 私は目がいいの。 それに、何年も射撃練習を積んだわ。 かわいい息子を守るためにね」
 フランシスは覚悟を決めた。 膝を撃たれると、大の男でも転がり回るほどの苦痛だという。 だが、連発銃といっても、当時のはまだ手回しで、一発撃つごとに弾倉を動かさなければならない。 なので、最初の一弾を何とか避ければ、飛びかかって銃を叩き落す時間ができる。
 一か八か、フランシスはキャロラインの指先に視線を凝らした。 その指が引き金の上でわずかでも動けば、その瞬間に……
 白い物が、いきなり狭い部屋を横切って飛んだ。 そして、キャロラインの肘に思い切りぶつかり、きゃしゃな体を半回転させた。
 それが、本物のシモンズ夫人がぶん投げた大皿だと気づく前に、すでに全身を張り詰めて飛びかかる準備をしていたフランシスは、大蝙蝠のように空中に舞い上がって、キャロラインを押しつぶしていた。













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