表紙目次文頭前頁次頁
表紙

手を伸ばせば その267


 その悲痛な声を聞いたとたん、ジリアンは膝から崩れそうになった。
 どうしようもなく恐ろしかった。 中に入って、もし万一、パーシーが息を引き取った後だったら……!
 それでも必死に呼吸を整えて、扉を開いた。 すると、ソファーとカウチに二人の青年が横たわっているのが、パッと目に入ってきた。
 マニング医師が、鞄を丸い飾りテーブルの上において、ハーバートの上に屈みこんでいた。 その様子を視線の端に止めながらも、ジリアンはカウチにいるパーシーの元へ走り寄った。
 パーシーは浅く早い呼吸をしていた。 口元が異様に強く引き締められ、一本の筋にしか見えない。 顔中が硬直していて、動くのは眼球だけだった。
 その眼が、視野に入ってきたジリアンの顔を捉えた。 途方に暮れたような、混乱した眼差しだった。
 パーシーのこんな不安げな目つきを、ジリアンは見たことがなかった。 夢中で手を取ろうとしたが、パーシーがかすかにのけぞったので、触られると痛みが走るのがわかって、慌てて指を離した。
 マデレーンは、ハーバートの傍に膝をつき、あからさまに泣いていた。 彼もパーシーと同じ状態だった。 更に重症かもしれない。 低い苦痛の唸り声が、ジリアンの耳にまで届いた。


 ハーバートを入念に診ていたマニングが、体を起こしてパーシーのところへ来た。 そして、彼の瞼を裏返して眼球の様子と血行を確かめた。
 ジリアンがマデレーンほど取り乱していないのを見てとったのだろう。 マニングは懸命に問い掛けるジリアンの眼差しに応じて、低い声で話し出した。
「ご主人は決闘した後だそうですね?」
「はい」
 ジリアンは囁くように答えた。 苦悩で喉が締め付けられて、はっきりした声が出せなかった。
 医師は、細かく痙攣しているパーシーの手を眺め、続きを言った。
「それで負傷された。 普通なら、傷から破傷風〔はしょうふう〕を引き起こしたと疑うところです。 症状の出るのが少し早いですが。
 しかし、義理の兄上も時を同じくして発症したとなると」
「何ですか?」
 ジリアンの問いは、ほぼ息だけになった。
 マニング医師は更に身をかがめ、ジリアンの耳元に短く言った。
「原因は毒薬だという疑いが濃いです」


 反射的に、ジリアンは口を押さえた。 あまりのことに、吐きそうになったのだ。
 よろめきながら立ち上がり、廊下に出ようとしていると、医師が袖を取って引き止めた。
「お願いがあります。 厨房へ行って、きのこに詳しい人がいたら連れてきてください」











表紙 目次前頁次頁
背景:kigen
Copyright © jiris.All Rights Reserved
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送