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手を伸ばせば その266


 それからジリアンは、デイドレスのままぐっすり寝込んでしまった。
 目覚めたのは、何か不快な感じがしたからだった。 ひどく不気味な夢で叩き起こされたような感じ…… だがそのとき、ジリアンはどんな夢も見ていなかった。
 瞼を開くと、屋敷の空気が変わっていた。 どこからともなく、ざわざわと潮騒〔しおさい〕のような音が伝わってくる。 ジリアンがベッドにゆっくり身を起こすと同時に、前庭へ駆け込んでくる馬車の慌しい響きが聞こえた。
 ジリアンは目をこすりながら窓辺に向かった。 すると、玄関前に止まった車から、黒い鞄を手にしたマニング医師が急いで降りてくるのが見えた。


 マニングはデナム公爵の友人で、腕のいい医者として知られていた。 それだけに自信ある態度で、いつもは絶対せかせかしない。 その彼が小走りで玄関に入っていくのを目にして、ジリアンはこれまでに経験したことのない不安に駆られた。
 小間使いを呼ぶ手間をかけず、鏡を覗いて髪だけを素早く整えてから、ジリアンは音のない雪崩れのように階段を駆け下りた。
 すると、執事のオズボーンが歩いてきて、あやうくぶつかりそうになった。
 素早く足を止めたオズボーンは、低い声であやまった。
「申し訳ありません、若奥様」
「気にしないで。 ドクター・マニングがみえたようね」
「はい」
 声がしわがれて、オズボーンは横を向いて咳払いした。
「さようです。 ラムズデイル様と、それにパーシー様が倒れられまして」


 ジリアンは棒立ちになった。
 オズボーンは両脇で手を握り締め、早口で言葉を続けた。
「今、若奥様にお知らせに行くところでした」
「二人はどこに?」
 ジリアンの声は、押さえようもなく震えていた。
「緑の間でございます。 ビリヤード室の隣ですので」
 すぐさまジリアンは走り出した。 心臓が口から飛び出しそうで、足がもつれた。


 緑の間の戸口には、隙間があいていた。 、それで、ジリアンが中に入る前から、マデレーンの取り乱した声が廊下に高く響き渡っていた。
「ああ、どうして! ハーブ、ハーブ! それにパーシーも! なんで二人揃ってこんなことに……!」











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