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その265
ジリアンには気になっていたことがあった。
パーシー本人はかすり傷だと平気な顔をしているが、左腕に受けた銃創はそのままにしておいていいのだろうか。
生まれてくる子のためにせっせと編んでいるベビーケープを籠に入れて、ジリアンはパーシーに向き直り、もう袖を通している左腕に軽く触れた。
「包帯を巻いたの?」
パーシーは驚いたように自分の腕を見やった。 ほとんど忘れていたらしい。
「え? ああ、本当にちょっとした擦り傷だけなんだ。 帰りは血がついていたから、上着を外していただけだ。 汚したくなかったんで。
さっき、水で洗ってハンカチで縛っておいた。 ニ、三日もすれば治るよ」
それでもジリアンは納得しなかった。
「一度、お医者さまに見ていただいたほうが……」
パーシーは吹き出した。
「おいおい、心配性になったなぁ。 軍艦じゃマストに登って三十ヤード以上の高さからロープで滑り降りて、両手の皮が丸むけになったりしたんだぜ。 海の水で洗って直したが、これがやたらしみて痛いんだ」
ぎょっとして、ジリアンは顔をしかめた。 胸がつかえて、軽い吐き気がする。 つわりらしい症状は今までなかったが、こんなに神経質になっているのは、その表われかもしれなかった。
ジリアンはなんとか笑顔になって答えた。
「そうね。 昨夜はずっと心配でよく寝てないから、余計なことを考えちゃうのかも」
「そうだ! 君をゆっくり休ませてあげなくちゃ。 気がつかなくてごめん」
パーシーはとたんに慌て出し、ジリアンを抱えるようにして部屋を出ると、共に階段を上がった。
「ジェラルドのしつっこさに腹が立って、まっすぐ膝を狙ったんだ。 皿を割るとしばらく立てないし、治っても一生引きずることになる。 乗馬はおそらくできないだろう」
「因果応報だわ」
ジリアンは同情しなかった。
「彼とキャロライン夫人は殺人者よ。 あなたにとっては母親の仇だし、他にも証人たちを次々と消している。 タイバーンで絞首刑になるべき人たちなのに」
「その通りだ」
二人はジリアンの寝室の前に来た。 パーシーはドアを開け、傷なんかないように軽々とジリアンを横抱きにして、ベッドに運んだ。
「少し寝るといい」
下ろされても彼の肩に腕を巻いたまま、ジリアンは耳元で囁いた。
「あなたも」
パーシーは目をくりくりっとさせて、妻の口に情熱的なキスをしてから言い残した。
「一緒に寝ると他のことをしたくなる。 だから、今は止めておくよ。 お義父さんたちにビリヤードに誘われてるんだ」
「飲みながらやるなら、紅茶か強くないお酒にしてね。 コーヒーは胃を荒らすから、今日は飲みすぎないで」
「わかリました、奥方。 お言葉のままに」
背筋をぴんと伸ばして、パーシーは鮮やかに敬礼してみせた。
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