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表紙

手を伸ばせば その264


 遠目のきくジリアンは、まだ馬がネズミぐらいの大きさに見える頃に素早く気づき、視線を凝らして中腰になった。
 男たちは急がず、ポプラやプラタナスの繁る並木の間を静かに進んできた。 やがて、パーシーの上着が片袖しか通っていないのを見てとって、ジリアンは身を震わせて立ち上がり、小走りになって道へ出た。


 ジリアンを発見した男たちの馬が速くなった。 先頭に立ったハーバートが、大声で呼びかけてきた。
「大丈夫! パーシーはジェラルドの膝を撃った。 やつの弾は、腕をかすめただけだ!」


 一瞬にして、ジリアンの顔がくしゃくしゃになった。
 だが、涙に溺れる寸前に立ち直って、太陽のような笑顔に変わった。
 すぐにパーシーが馬からひらりと飛び降りると、ジリアンに駆け寄った。 固く抱き合う二人に、介添え人たちが追いついて、周りを囲んだ。
 マデレーンも道に出てきて、ハーバートと手を取り合った。
「ああ、ほっとした! 向こうが負けたのよね。 そうでしょう?」
「ジェラルドは重傷で、こちらはかすり傷だから、そうなるだろうな」
 ハーバートは優しく答え、妻の頭を抱いた。
 マデレーンは口を尖らせて訴えた。
「またしばらく療養しなくちゃならないってことだわ。 顎がやっと治ったところなのに。 考えなしね、ジェラルドは」
「勝てると思い込んでいたんだろう」
 デナム公爵が唸った。
 その言葉で、パーシーの胸に埋まっていたジリアンの顔が、心配そうにもたげられた。
「ジェラルドはまさか、負けた腹いせに決闘を密告して、パーシーを罪に落としたりしないでしょうね」
「それはできない。 やったら自分も無事ではすまないし、完全に社交界から相手にされなくなる」
 デナム公は厳然と答えた。
「賭け事でインチキするのと同じだからな。 永久追放だ」
 ほっとしたジリアンは、再びパーシーに抱きつき、肩を寄せ合って屋敷へ向かった。
 ハーバートは二人分の馬の轡を取って、苦笑しながら後に続いた。 やがて一同に気づいた馬丁が走ってきて、馬をすべて連れていった。
 マデレーンは父親と夫の腕を両方取り、決闘の話を詳しく説明してもらいながら歩いていった。


 肩の荷を下ろした男性たちは、食堂で旺盛な食欲を発揮した。
 その後、パーシーはサロンに出てきて、持ってきたカップにブランデーをそそぎ入れ、カウチで編物をしていたジリアンの横に腰を下ろした。
 パーシーが手にしているカップの黒々とした中身を覗いて、ジリアンは顔をしかめた。
「またコーヒー? 苦そうね。 胃が荒れない?」
「いや、ライオンのように胃袋が丈夫だから」
 そう言うと、パーシーはうまそうに飲み干した。
「軍艦の水は樽に入れっぱなしで、古くなるとほとんど腐ってるみたいなもんだ。 紅茶なんか作るとひどい味で」
「それでコーヒー党になったのね」
 軍隊の苦労を、ジリアンは改めて悟った。










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