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手を伸ばせば その262


 パーシーの介添え人は、自分から名乗り出たデナム公とハーバートに決まった。
 公平な立場で決闘を見守る立会人には、元裁判官のヒューゴー・ナッシュが呼ばれた。 ナッシュは口が固く、警察組織に睨みが効くので、決闘の途中で警官に割り込まれる心配はほぼ無くなった。


 木曜の夜は荒天で、叩きつけるような雨が降った。
 パーシーはいつも通り、ジリアンを自分のベッドに抱き入れ、腕枕をして眠った。
 彼の規則的な寝息と、ときどき漏れるいびきを聞きながら、ジリアンは遅くまで寝付かれなかった。 いつもならパーシーより早く眠ってしまうぐらいなのだが。
 彼は危険に慣れているようだ。 もしかすると決闘まがいのことをやった経験があるのかもしれない。 ジリアンの知らない遠方で、想像の及ばない経験を積んだから、こんなときでも熟睡できるのだろう。
 あまり眠れないので、ジリアンは肘をついて体を起こし、パーシーの寝顔を覗いた。 すると、彼は半分口を開け、なんとなくにやけた表情になっていた。
──何の夢見てるのよ。 人がこんなに心配してるのに──
 ジリアンは不意に悔しくなった。 手を引っ張って起こしてやろうかと思ったほどだ。
 でも明日のことがあるから、さすがにそれは止めて、代わりに呑気そうな若い顔をじっと観察した。
 つい三、四年前までは、真正面から見詰めたことのない顔だった。 罪のない喧嘩相手で、年も近い。 お互い照れがあり、目が合ってもすぐ逸らす感じだった。
 それが、今ではこんなに愛しい存在になってしまった。 こうやって近くから眺めると、鼻筋の通った顔立ちは本当に見事だ。 私にはもったいないほどの美男子だ、と、ジリアンは心から思った。
 でも本音を言えば、顔は二の次だった。 ジリアンは、無愛想な見かけの下にひっそりと息づいている彼の愛情深さ、芯の強さに魂を奪われていた。
 この人に何か起きたら、私はどうなってしまうのか。 パーシーのいない未来なんて考えられない。 やがて生まれる子供を、もし彼が抱けなかったら……。 そう考えただけで、背筋が凍りそうになった。
 首筋の後ろが凝って、唾を飲み込むにも苦労した。 ジリアンが身を縮めて顔をうつむけたとき、パーシーの深い声が耳の下で響いた。
「ああ、いい夢を見た」
 自分の体を絞るように抱きしめていたジリアンの腕が、その言葉でふっと緩んだ。
「夢?」
「うん」
 パーシーは腕を伸ばして、ベッドの上に座ったジリアンを引き寄せ、髪を撫でた。
「新しい屋敷の中庭にいた。 金髪の男の子を挟んで、君と三人で追いかけっこしてた」
 反射的に、ジリアンの手が腹部を押さえた。
「男の子?」
「そうだ。 何番目かな、あの子」
 パーシーは楽しそうに低く笑った。
「とてもはっきり顔が見えた。 そのときわかったんだ。 僕は長生きする。 そして、たくさん家族を増やして君と楽しく暮らす。 僕の両親が持っていた夢を、現実にするんだ」
 ジリアンは夫の首に腕を巻き、真剣に呟いた。
「そうね、ご両親が守ってくださるわ。 きっと必ず」












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