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手を伸ばせば その259


 その日の内に、マークのいるセント・ジョージ病院とラムズデイル邸に、急ぎの手紙が送られた。
 翌日には、大学の友人に呼ばれてウィンザーまで行っていたフランシスが帰ってきて、この思いがけない事態にどう対処すればいいか、相談に加わった。


 意外にも、一番腹を立てていたのは、ジリアンの父デナム公爵だった。
 男性陣だけで集まった重厚な図書室で、公爵はブランデーグラスを手に荒っぽく歩き回り、不満を述べ立てた。
「決闘だと! 今度ばかりは妻のいう通りだ。 なんという恥さらしなことを! 我々は野蛮で血の昇りやすいフランス人じゃないぞ!」
「しかも大通りで派手に申し込むとはね」
 フランシスがこっそり呟いた。
「国王の耳に届いたら、それだけで処罰されるだろうに」
「誰が女王に教えるっていうんだ? 紳士同士の公然たる殺し合いだよ。 一般人にはいい見世物だし、記者たちには飯の種だ。 やめさせようとするはずがない」
 苦りきってハーバートが唸った。 彼は、帰ったばかりのパーシーが使いを送って手紙をよこしたので、泡を食って駆けつけてきたのだった。
「こうなったら、いっそ通報してやるか」
「だめだ」
 フランス窓(掃き出し窓)から夕暮れの庭を眺めていたパーシーが、振り向いて鋭く言った。
「こっちが卑怯者扱いされる」
「だが、何か企んでいるに決まってるよ。 とても危険だ」
 フランシスは真剣に忠告した。
 デナム公爵ジェイコブは、眉を寄せ、いっそう苦々しい表情になった。
「ジェラルドには自信があるんじゃないか? 拳銃もフェンシングも抜群に強いぞ」
「そういう噂ですね」
 パーシーは、澄んだ眼をきらりと光らせた。
「ただ、僕も海軍で鍛えられましたからね。 弱いほうじゃないですよ」
「ジェラルドより大きくて腕も長いから、体格では有利だな」
 ジェイコブもその点は認めた。
「対等に渡り合おうと思うなら、拳銃を選びたまえ。 剣では、正式に教師に習っているジェラルドのほうが得だ」



 男性たちが対策を話し合っている間、ジリアンは夫と共に馬車で飛んできたマデレーンとソファーに座り、身を寄せ合って不安に耐えていた。
「ジェラルドは何もかも失って、危険な賭けに出たのね」
 マデレーンの心配そうな囁きに、ジリアンは何とか気丈な笑みを返そうとした。
「逆に考えれば、決闘まではパーシーは無事なんだわ」
「それはわからないわよ」
 マデレーンは、珍しく深読みしたことを言った。
「決闘を恐れてパーシーが家出したように見せかけて、始末しようとするかも」













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