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手を伸ばせば その258


 ジェラルドの目をまっすぐ見詰めたまま、パーシーはゆっくり屈みこんで、白い手袋を拾った。
 それを見届けた後、ジェラルドは乱暴に馬の首を返し、駆け足をさせて遠ざかっていった。 相手が手袋を受け取った時点で、決闘申し込みは成立したのだ。


 証人として彼と一緒に来たウォレンダー子爵ジャック・クライトンは、少しためらって馬車のカップルを眺め、ジリアンに挨拶した。
「驚かせて申し訳ありません、奥方」
 ジリアンは顔を真っ直ぐ上げて、落ち着いた眼差しでジャックの視線を受け止めた。
「私のことならお気遣いなく。 決闘は前世紀の遺物で、廃止されるべきですが、夫が堂々とした態度を取ってくれたのは誇りに思います」
 ジャックは重い表情で頷〔うなず〕いた後、もうだいぶ離れたところにいるジェラルドを追って、馬を走らせて行った。


 二人が去ると、パーシーもすぐ馬車を動かした。 さすがに笑顔は消えたが、緊張や動揺の色はどこにもなかった。
「こういう手に出たか」
 皮肉を含んだ声で、彼は呟いた。
「合法的に僕を殺せるからな」
「それはできないわ!」
 ジリアンは小声で叫んだ。
「決闘は法律で禁止になってる。 相手に軽い怪我を負わせたぐらいなら問題にされないかもしれない。 でも、命を奪ったら、よくて国外追放、悪くすると流刑よ」
「おまけに、決闘すれば世間の同情は僕に集まる。 誘拐され、死んだと思われていた哀れな赤ん坊だから」
 パーシーはフッと笑った。
「実際は幸せな子供時代だったが、他人にはわからないもんな」
 ジリアンは、軽快に揺れる馬車馬のたてがみに目をすえながら続けた。
「たとえあなたを暗殺しても、ジェラルドは真っ先に疑われて、まず侯爵に戻ることはできない。 それで絶望したのかしら。 破滅するならあなたを道連れにしようとしてるのかも」
「いや」
 パーシーはきっぱりと言った。
「そんな可愛気のある奴じゃない。 それに、あの母親がいるじゃないか」
「そうね。 キャロラインがそんなことを許すはずがないわね」
 いったいジェラルドは何をたくらんでいるのだろう。
 馬車を走らせて戻る道で、パーシーとジリアンはそれぞれ考え事に忙しく、自然と口数が少なくなった。


 デナム邸に馬車が入ると、待ちかねていた様子で、玄関からジュリアが早足で出てきた。
「何をしているの。 もうじき二時よ。 お茶の時間にはレディ・ウェルズとお嬢さんのレティシアがみえるというのに」
「今は仮縫いする気持ちになれないの、お母様」
 ジリアンは、馬車から降りると母に強い口調で言った。
「帰り道の途中で、ジェラルドが不意に現われて、パーシーに決闘を申し込んでいったの」


 何のことかわからぬ表情で、ジュリアはしばらく娘を見つめ、それから婿に視線を移した。
「決闘ですって?」
「はい。 理由ははっきり言いませんでしたが、一方的に通告して帰っていきました」
 ジュリアは小さく頭を振り、目を閉じた。
「ばかねえ、あの子。 そんなことをしたら、恥の上塗りじゃないの」











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