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手を伸ばせば その256


 それから、乳母が育児室から赤ん坊のトリーを抱いてきた。 こちらはダークブラウンの髪と夕方の空のような藍色の瞳をしていて、真面目くさった表情が、驚くほど父親のハーバートに似ていた。
 パーシーは弟たちを抱いて可愛がった経験が豊富なので、いとも簡単にトリーを受け取り、軽く揺すってキャッキャッと笑わせた。 その様子を見たマデレーンは、ひたすらびっくりして目を丸くした。
「信じられないわ。 あんなに乱……荒っぽかった人が、赤ちゃんに頬ずりしてる」
「パーシーは赤ん坊に目がないんだよ」
 妻の椅子の肘掛に軽く腰かけて、ハーバートはにやにやした。
「うちの一家はみんな子供好きなんだ。 親父も忙しい仕事の合間を縫って、僕達をよく馬のサーカスや公園に連れていってくれたものさ」
 うちの一家、というハーバートの言葉に、トリーを抱きたくてうずうずしているジリアンに渡していたパーシーの表情がなごんだ。


 昼過ぎには必ず帰ってくること、とジュリアに厳命されていたため、賑やかな昼食がおわるとすぐ、ジリアン達はラムズデイル邸を後にした。
 そこでは楽しいことばかりだった。 パーシーとジリアンは、クリームをなめたばかりの猫のような満足しきった顔をして、まだ爽やかに晴れた空の下、賑やかに語り合いながら馬車を進めた。
「ああ、久しぶりにマディと思い切り話せて、すっきりしたわ」
「だろうな。 僕もずっと気詰まりだったハーブと会えて、ほっとした」
 切なくなって、ジリアンは横にあるパーシーの逞しい腿にそっと手を載せた。
「心の繋がりは変わらないわ。 たぶん一生」
「コリンとリュシアンも同じように考えてくれればいいがな」
 パーシーは含み笑いをした。
「君を盗った〜〜! と騒ぎ出すな、二人とも」
 ジリアンは素直に笑えずに、下を向いた。
「コリンに説明するのは難しそうね。 私たちを喧嘩友達としか思っていなかったでしょうから」
「恋は複雑だとわかるだろう。 いい経験さ」
 気持ちを切り替えてあっさり言い放つと、パーシーは前から来る大きな荷車をよけて、馬車のスピードを落とした。
 そのとき、横道から二頭の馬が現われた。 どちらにも、シルクハットを被った若い紳士が乗っている。 その片方が、他ならぬジェラルド・デントン・ブレアだとわかって、ジリアンは思わず座席で腰を浮かせた。
 パーシーも彼らを見たが、まったく反応せず、表情も変えなかった。 二頭の馬は、間もなく馬車に追いつき、ジェラルドが白い手袋を取るや、一言も口をきかずにパーシーの胸に投げつけた。











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