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表紙

手を伸ばせば その255


 パーシーが、長年つちかった『家族』の絆を改めて噛みしめているとき、居間では姉妹がくっついて座って、会えなかった間の情報の隙間を埋めていた。
「長男のエドガーのことは知ってるわね? 次に生まれたトリーのことも?」
「母から話には聞いたわ。 かわいい名前ね。 ヴィクトリアちゃん? それともトレイシーちゃんの略なのかしら?」
「それがパトリシアなの」
 マデレーンはボンボン菓子を取り落として、笑い出した。
「貴族っぽい名前でしょう? 私は自分と同じ頭文字Mのマライアと付けたかったんだけど、ハーブがすごくかわいがって、華やかな名前にしたいって言い張ってね」
 長男と長女。 二人の子供に恵まれて、ハーバートは父親を満喫しているらしかった。


 マデレーンはヘレンと手紙のやりとりをしていて、ジリアンにも見せてくれた。 それによると、夫のクレンショーが跡を継ぐ予定のレインマコット侯爵が、狩猟中に生垣を飛び越えようとして失敗し、脚を骨折したそうだった。
 大怪我で心身ともに弱った侯爵は、ただ一人の身内であるゴードン・クレンショーに会いたくなった。 来れば勘当を解くと言われて、ゴードンはしぶしぶマンチェスターに出かけたが、すぐに電報をよこして、伯父と仲直りして領地の管理を任された、と喜びの声を伝えてきたという。
 ジリアンも、大喜びで手紙を読み終えた。
「じゃ、ヘレンはスコットランドからこっちへ戻ってきたのね!」
「ええ、まだ二百四十マイルも離れてるけど」
「でも同じイングランドよ。 素敵じゃない? ヘレンは優しいから、義理の伯父様の面倒をよく見てあげてるでしょうし」
「あなたが遂にお母様の夢を叶えたから、これでお母様もクレンショーさんのことを婿と認めるんじゃないかしら」
 母の夢か──ジリアンの表情がいくらか硬くなった。 ジリアンと結ばれるために、パーシーは愛する家族から去るという犠牲を払っている。 彼が、ジェイムズ・ラムズデイル氏やハーバートに不義理をしたという思いに苦しんでいることを、ジリアンはよく知っていた。


 やがてパーシーとハーバートも居間に合流し、ジリアンのたっての願いで、子供たちが呼ばれた。
 先に一人で入ってきたエドガーは、はっとするほど愛らしい子供だった。 金色の巻き毛が顔を囲み、青い眼は穏やかで人なつっこい。 いかにも大切にされて健やかに育った印象だった。
 フリルのついたブラウスとベルベットの青い服を着せられた少年は、部屋に入ると真っ先にジリアンを見て、唐突に立ち止まった。
 彼がもじもじし始めたので、ハーバートは驚いた。
「人見知りしない子なんだがな。 どうした。 挨拶は?」
 三歳になったばかりの子供は、ジリアンを見つめたまま、小声で言った。
「はじめまして。 エドガーです」
 それから、父に駆け寄って上着の裾に顔を埋めた。
 ジリアンが困っていると、隣に座ったパーシーが体を傾けてきて、耳元で囁いた。
「照れてる。 君が天使みたいに見えたんだな。 初恋ってやつだよ」













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