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手を伸ばせば その252


 馬車の中で、ジリアンは多くを語らなかった。
 というより、ほとんど口をきくのも忘れて、パーシーに寄りかかっていた。 ようやく逢えた彼は、がっちりとして温かく、頼もしくて心から安心できた。
 公爵もそう感じたらしく、しげしげとパーシーを見ながら思いを口に出した。
「君は、年のわりに落ち着いているようだな」
「子供の頃からいろいろ考えてきましたから」
 物怖じしない澄んだ眼が、ふとぼんやりして過去の思い出を追った。
「ラムズデイルの父にまったく似ていないと言われ続けていました。 でも父は、そう言われると怒って、いつも庇ってくれました」
 ジュリアは陰の意味を悟って、皮肉な笑いを浮かべた。 だがジェイコブは感銘を受けたようだった。
「鉄は熱いうちに打て、というからな。 君が浮ついた社交界の放蕩者でないのは嬉しい」
「ありがとうございます」
 パーシーは礼儀正しく頭で一礼した。


 若夫婦は、ひとまずデナム邸に泊まり、今後の落ち着き先を決めることになった。
 ジュリアは大々的な結婚披露舞踏会を夢見て、家に帰り着いたとたんに大広間の改造計画を次々と決めていた。 だが、パーシーとジリアンは、一刻も早くこの邸宅から逃げ出すために、ロンドンのどこかへ新居を構える相談に余念がなかった。
 ふたりの部屋は、広い屋敷の中でも一番眺めのいい、西側のオレンジの間に決まった。 壁紙に優雅な金縁のオレンジが描かれているためその名がついた、家中で最も美しい部屋だった。
 ジリアンが身ごもっていることを知ると、ジュリアはますます張り切って、勝手に招待状の手配まで始めた。
「四月の上半にはパーティーを開かないと、スタイルが悪くなって見栄えがしないわ」
「お義母さん、妻と未来の子供にはゆったりした気分で過ごしてほしいんですが」
 パーシーがやんわりと言っても、ジュリアには通じない。 それどころか、自分はマデレーンを産む三日前まで別荘の食事会を立派に仕切ったのだと、自慢する始末だった。


 人の出入りも激しくなった。 流行最先端のフランス人仕立て屋が呼ばれ、ジリアンを採寸し、華麗なデザイン画を描いては、次々と注文を取っていった。
 ついでにジュリアもドレスを新調するので、店員だけでは足りず、マダム・ロワイヨーは新たに五人もお針子を頼んだそうだ。
 いいかげんうんざりして、ジリアンが噴火寸前になっているのに気づいたパーシー(誰も彼をレオと呼び替える勇気がなかった)は、到着して四日目の朝、散歩と称して彼女を二輪馬車で連れ出した。
 行き先は、オッターボーン街にあるパーシーの『兄』、ハーバートと、その妻マデレーンの住む家だった。











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